辛口評論家の目にも涙。「沖縄密約」を暴いた記者とその妻の姿

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50年前の沖縄返還に際して日米両国間で結ばれた協定の中には、国民に知らされていない「密約」が存在していました。その一部を明らかにした毎日新聞の西山太吉記者が、情報入手法について国家公務員法違反に問われた「西山事件」では、国民の知る権利と報道の自由を大きく制限し、国家の嘘をも養護する判決が下されています。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』では、評論家の佐高信さんが、事件の真相に迫ったドキュメンタリーを制作したディレクターの言葉を反芻。国家権力と闘った西山氏とその妻の姿と、それを伝える後進のジャーナリストの姿を浮かび上がらせています。

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国家権力と闘う

読めば必ず泣くとわかっていながら、読まずにはいられない本がある。諸永裕司著『ふたつの嘘』(講談社)である。『朝日新聞』記者の諸永はこの本で「沖縄密約をめぐる2人の女の物語」を書いた。1人は元『毎日新聞』記者の西山太吉の妻、啓子であり、1人は情報公開を求めて西山らと共に裁判を起こした弁護士の小町谷育子である。

何度目かに読むキッカケとなったのは、むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞の選考で『テレビ・ドキュメンタリーの真髄』(藤原書店)という「制作者16人の証言」が対象となったからだった。

その中で琉球朝日放送でディレクターをしていた土江真樹子が回想している。外務省の女性事務官から密約を示す資料を受け取った西山は国家公務員法違反に問われ、逮捕された上に、『毎日』もやめざるをえなくなった。その後も非難の目にさらされ、肉体的にも精神的にも満身創痍となっていた。

だから、顔を出して発言してほしいという土江といつもケンカになる。それで、ある時、「もう帰ります」と玄関に行ったら、啓子が後ろから「あなたの仕事は西山のことを伝えることじゃないんですか」と声をかけた。「ここで帰ったら、西山はもうしゃべりませんよ」と続けられて、土江はすっと怒りがとけて、また戻ったという。

西山夫人の啓子は決して良妻賢母なのではない。「情を通じ」と検事に書かれ、離婚しようと思ったことは数え切れない。結婚13年目で事件に遭い、それから20年近く離れて暮らして、子どもが自立した後に、彼女は西山の住む小倉に行った。日記まで見せた著者の諸永に啓子はこう告白している。

「このまま別れたら、主人は文字どおり、だめになる。国からも、社会からも、新聞社からも捨てられ、そのうえ私が捨てたらと思うと……。踏ん切りがつかなくなってしまったのです。普通なら愛想を尽かしてもおかしくないんでしょうけど、なぜでしょうね」

競艇にのめりこむ西山に「いい加減にして下さい」と怒りをぶつけたこともあった。いつもなら声を荒らげて怒鳴る西山が、かぼそい声で言った。「ギャンブルしているときだけは、すべてを忘れられるんだ」

2013年にこの妻はなくなってしまった。そんなことも思いながら読んでいた2月19日夜、何と西山から電話が来た。『毎日』の倉重篤郎と飲んでいるという。どこかで対談をとのことだった。喜んでと答えたが、アメリカで密約を示す公文書が発見された後に西山が書いた『沖縄密約』(岩波新書)のあとがきに西山は裁判の過程で知り合った諸永をはじめ、『東京新聞』の佐藤直子、前掲の土江ら多くの若きジャーナリストに「望みを託したい」と書いている。

引き取った野良猫がいなくなって泣く西山を見ながら「最後まで面倒をみなければ。この人をちゃんと死なせなきゃ」と啓子は思ったのだが、先に亡くなってしまった。

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