高笑いの米国、冷静な中国。EUが「ウクライナ戦争」最大の“敗者”となる訳

 

対ロシア制裁が及ぼす影響についても、米欧の明暗はあまりにも顕著だ。それはすなわちロシアとの距離でもある。単純に貿易額を比べてみてもアメリカの対ロ貿易額が年間わずかに300億~400億ドルであるのに対し、欧州共同体(EU)全体のロシアとの貿易額は年間約4,000億ドルにも達し、アメリカとの間には10倍の開きがあるのだ。

個別の品目に目を向ければ、それこそ自国経済を直撃するケースも少なからず想定される。例えば天然ガスや原油だ。アメリカのロシア原油への依存は8%前後とされ、ロシアから入らなくなってもダメージは小さい。しかしEUの場合はガスと原油でそれぞれ40%と30%という高い依存状態なのだ。EUは今後、ロシアからのエネルギーの輸入をゼロにする方向を示している。目標を掲げるのは簡単だが、現実は苦難の道のりであり、EU経済に与える逆風は計り知れない。

またロシアからは小麦の輸入量も多く、同じく小麦の輸出国として知られるウクライナの混乱を考えれば、小麦価格の上昇がヨーロッパの人々の生活を直撃することは避けられないだろう。

つまりEU域内の各国政府は、コロナ禍のダメージを回復できないなかで、新たに制裁による長期的な物価上昇に対応していかざるを得なくなるのだ。

ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにした直後であれば、社会にはまだしも経済的な負担に理解を示す素地がある。しかし時間が経てば人々の気持ちも変わる。日々の生活の苦しさが蓄積すれば、それが不満となって政権へと向かうことは十分に予測されることなのだ。

時間の経過にともない理解が得られにくくなるという意味では、難民問題も同じだ。物価の上昇が家計を直撃すれば、難民に向けられる目も次第に厳しくなり、不穏な空気がEU全体を包むことにもなりかねない。なんとも暗い見通しだ。

EUの未来に影を落とす要素をこうして並べてみると、中国がなぜEUをロ烏戦争の敗者と位置付けているかがよく解かるだろう。

心配なのは、このことが影響してEU内部に深刻な亀裂が入ることだ。域内で抱える対立は、主に、対ロ制裁強化を巡る意見の相違だ。エネルギーの大幅な輸入制限を含む厳しい制裁に慎重なドイツ、イタリア、ハンガリー、オーストリア、ブルガリア、スペインなどの国に対して、ポーランドやルーマニア、リトアニアなどロシアと近く被占領の歴史を持つ中東欧諸国が苛立っているのだ。

繰り返しになるが地理的にロシアと近く警戒心の強い国とそうでない国とでは同じEUにあってもその差は歴然なのだ。そして、その違いはそのままNATOに対する親近感の濃淡にも反映され、アメリカに対する距離感にも影響している。

かつて中国マネーが急速に流入した時代には、その影響によるEUの分断が大きなテーマとなり、中国に対する警戒心は高まった。しかし、そのときの懸念はロシアのウクライナ侵攻により、別の意味で実現されてしまったのである。EUが重い課題を抱えてしまったことは間違いないだろう。

長期化が予測される物価の高騰に加えて国防費の増額による各国の負担増。そして難民問題に加えてEUメンバー国同士の対立の激化……。

EUが敗者なのかもしれないという説には説得力があり、それだけにロシアの侵攻前に妥協点を見いだせなかったことが悔やまれるのだ。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は2月6日の時点で、「ウクライナでの戦争を回避するための合意成立は可能だ」と述べていた。そしてロシアの目的を「ウクライナではなく、NATOやEU相手のルールの明確化だ」と見抜いていた。まさにケナンやキッシンジャーのように。

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image by: Yanosh Nemesh / Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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