ホンマでっか池田教授が「命名行為」を一種の権力行使と考えるワケ

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ウクライナの首都「キエフ」は「キーウ」や「キーフ」と言い換えられるようになり、既に馴染んでいるのではないでしょうか。病名では「痴呆症」が「認知症」になって定着。それまで使われてきた名称の変更が受け入れられるのはどんなときなのでしょう。今回のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』では、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみ生物学者の池田清彦教授が、生物学会や遺伝子学会の改称提案が受け入れられなかったケースを紹介し、改称の成否を決めるものが何かを考察。名称を変えようとする側には少なからず権力欲があると持論を述べています。

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権力と命名

昔「僕は猫と話ができる」と題するエッセイを書いたことがある(『虫の目で人の世を見る』平凡社新書 所収)。家に時々遊びに来ていた野良猫を、次男が「ネコマン」と名付けたが、当のネコマンは、当たり前のことだが自分の名前を知らないという話を枕に、ネコマンと我が家の交遊を書いた。

命名行為はその名を自分以外の他人に対しても周知させようという、一種の権力行使なのだが、誰もその名を使わなければ、権力行使は空振りに終わってしまう。私の家族は皆ネコマンという名を使ったので、次男の命名権力は家族には到達したが、ネコマンをはじめ家族以外の他者には及ばなかった。

ウスバシロチョウという原始的なアゲハチョウの仲間がいる。このチョウはシロチョウ科ではなく、アゲハチョウ科に属するので、ウスバアゲハと改名すべきだという意見が、チョウの分類のさる権威筋から出されたことがあり、実際それに従っている図鑑もある。しかし、ほとんどのアマチュアのチョウ愛好家は、ウスバシロチョウという以前から馴染んでいる名称を使っていて、権威筋による改名は空振りに終わったみたいだ。名称で一番重要なのは安定性なのだ。

生物の命名法は国際命名規約によって、厳密に定められており、生物の学名は同じ対象を指し示す限り、勝手に改称することはできない。しかし、生物の和名や英名をどう付けるかは、命名規約に縛られていないので、自分が考える基準に従って、現在一般的に使われている名を改名しようという権力欲の強い人が、時々現れてくる。正しい学名は存在しても正しい和名は存在しないにも関わらず、自分が提唱する和名こそ、正しい和名であると主張する人がいるわけだ。

改名を提唱している本人は、合理的な理由によって改名するので、権力行使であるとは露ほど思わないことが普通であろうが、改名の正当性を判断する超越的な審級はないのだから、新しい名称をあまねく行き渡らせようとするのは、権力欲のなせる業に他ならない。

学名以外の名は自然言語なので、多くの人が習慣的に使っている名が時代と共に自然に変わることもある。しかし通常は、国や学会といった権威筋が、改名を提唱して多くの人がそれに従うことで、自然言語の名は、新旧入り乱れながら変わるのである。

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