元祖シンガーソングライター、個性派俳優、そして小説家。異才・荒木一郎が明かす映画テレビ黄金時代の知られざる「素顔」

2023.01.23
by gyouza(まぐまぐ編集部)
 

60年代ニッポンの芸能界黄金期を小説として書き残した理由

──『空に星が〜』の中でも、歌の歌詞について同じようなことを書かれていますよね。少し本文を引用しますと、「他人を哀れむという感情とか、思い出の一部みたいなものではない。まるで自分が彼女自身を体験しているみたいな、頭や体の中に彼女の感情を痛みとして感じ取っているようだった」。相手の気持ちになって考えた途端、代表曲である「空に星があるように」の歌詞がぱっと浮かんできたと。そのとき相手はどのような気持ちだったのか、ということに思いを馳せたら歌詞が出てきた。だから、本も同じように、自分の心情ではなく物語の登場人物が何を思っていたのかということに重きを置いていたんですね。

荒木:そうです。自分の気持ちを書くより、その時の他人の心情の動きを書いた方が面白いからね。そこを記憶していることが、その人にとって迷惑なところも場合によってはあるから、そこは難しいですよね。基本的には、その人の魅力が出るようには書いていますけどね。

──今回、『空に星が〜』という本を小説として書いて、当時のことを書き残そうと決意された理由はなんでしょうか?

荒木:結局、それも人なんだよね。今回出た小学館とは違う出版社なんだけど、30代の女性編集者が僕のところを訪ねて「荒木さんの本を出したいんです」っていうわけ。まだ30代なのにいろいろ見て僕のファンになったっていうんだけど、ああそうなんだって思って、その人と一冊いっしょに本を作ったんですよ。その後に、今度は小説っていう形で本を書いてくれないかっていう話になったの。

──なるほど、そういう経緯があって小説を書き始めたんですね。

荒木:この前に『ありんこアフター・ダーク』(初版は1984年河出書房刊。現在は小学館文庫)っていう半自伝の小説を書いたんだけど、それは「ありんこ」っていう渋谷に実在したジャズ喫茶に高校生のとき友達と集まっていた頃のことを書いたの。もう当時は俳優として芸能界に入っていたんだけど、『ありんこ〜』には芸能界の話を一切書いていなかったんですよ。その編集者に、『ありんこ〜』の背景にある芸能界のことを小説で書いてもらえないかって依頼されたんです。

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その編集者は、資料集めとか、とにかくいろんなことを一所懸命やるんだよ。だから、その編集者のために『空に星が〜』を書いたの。ところが、その出版社が、「本の中に出てくる芸能界の登場人物全員に掲載の許可を取ります、許可をとってから出したい」って言い始めたわけ。

──しかし、一言に許可と言っても、かなり有名な女優さん俳優さんがいっぱい登場しますから、それは難航しますよね。

荒木:それだったらいいです、本は出しません、別に許可をとってまで書きたいわけじゃないからって断ったんですよ。で、小学生の頃から僕のファンでマネジメントの新田(博邦ミューズ・プランニング社長)が途中まで読んでいて「これは、客観的に見て面白いから出した方がいいんじゃないですか」って言われて、「このまま出したいっていう出版社があるならいいよ」って話したわけ。そしたら、小学館がこのまま出すっていうことになったんです。だから、基本的に直しはまったくないんですよ。ただ、差別用語が入ってるというところだけは修正しました。

──とはいえ、500ページを超える分量を、そのままカットしないで出した小学館もすごいですね。

荒木:最初「もう少し文字数を削ってほしい」的なことは、それとなく言われたんだよ。でも、削るんだったら出さないって言ったの。そしたら、文字の大きさを限界まで小さくすることで、なんとか600ページ以内におさまったんです。

──初めて読んだときに「少し文字が小さいな」とは思ったんですが、そういう事情があったんですね。内容も、世の中的にまったく知られていない、昭和の芸能界の裏面史といいますか、大物女優の「素顔」の部分が多く描かれていて本当に衝撃を受けました。たとえば、緑魔子さんのカレーライスにまつわる話や、大原麗子さんと一緒に踊り狂っていた夜、吉永小百合さんと荒木さんのお母様とのことや撮影所での掛け合い、十朱幸代さんとの撮影など、映画やドラマではうかがい知ることのできない「普段の姿」を書いていますよね。

荒木:日本の芸能界の中でも丁度いい時代なんですよね、テレビも音楽もいろいろなものの過渡期で。自分が遊びみたいな感覚で音楽や俳優をやっていたものが、たまたまそういった時代に乗っかっちゃったから。そのことを知らせるという意味では、出版したほうがいいんだろうなと思いましたね。こういう時代の変遷があって、今という時代があるわけだから。音楽界なんて今とは全然違うからね。

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