開発チームは、なぜ、宇和島市をめざしたか
そして佐々木氏たちはオブザベーションの第2として、開発メンバーが自らユーザーとなる機会をつくった。開発メンバーがノートパソコンをモバイルで使い、その体験を観察の対象とするのである。そのために開発メンバーは出張の業務命令を受けることになった。目的地は愛媛県宇和島市の宿泊施設である。そして現地到着後に、開発プロジェクトをめぐる合宿が行われた。
レッツノートの開発拠点は関西にある。そこから四国の宇和島へと移動するなかでノートパソコンを自身で使用するというミッションが、開発メンバーには与えられた。自らを観察対象とするオブザベーションである。移動手段としては、メンバーごとに高速バス、鉄道、飛行機など、異なる経路が割り当てられた。そして道中でモバイルワークを行い、その体験を出張報告にまとめて、合宿にのぞむ。このミッションのもとで開発メンバーは、たとえば、車中の絶え間ない微振動のなかでのモバイルワークは、目への負担が思っていた以上に大きい、などの体験を味わった。
こうしてたどり着いた宇和島市の宿泊施設では、開発メンバーが各人の体験を持ち寄り、レッツノートの新しいモデルのあり方を検討する合宿が行われた。自らの体験から、モバイルパソコンの価値を、ユーザーの立場で語ることができるようになったメンバーたちは雄弁だった。合宿では時間を忘れて語り合った。そして、たどりついた、「手書きのメモ帳やノートのような、融通無碍で多少手荒でも自在に使えるノートパソコン」というアイデアが、2in1タイプに結実していく。
開発の前提を越える「新しい価値」
この出張合宿が、開発メンバーにとって新鮮だったのは、彼らがモバイルワークを日常的に行っていなかったからである。なぜなら、社外へのパソコンの持ち出しには、面倒な手続きが必要だった。わずらわしい申請に時間を費やすよりも、ラボで仕事を片付ける方が効率的なこともあり、開発メンバーはモバイルワークに消極的になっていた。
佐々木氏がそこに持ち込んだオブザベーションという方法は、すでに開発の前提となっていた枠組みの外にある新しい価値に、メンバーが目を転じ、行動をはじめる契機となった。
それまでのレッツノートでは、たとえば落下による衝撃に強い、バッテリーの稼働時間が長いといった、すでに確立された便益の理解のもとで新モデルの開発を行っていた。そこで新たにノートパソコンをタブレットのようにも使えるようにすることに、どのような価値があるのか。こうした未知の領域の問題の判断には、既存の枠組みは使えず、この限界を乗り越えるためには、開発メンバーひとり一人がモバイルパソコンとしてのレッツノートがどうあるべきかを、自分ごととして理解することがひとつの支えとなった。









