市場にはリスクがあるだけではなく、真の不確実性が渦巻いている
ポパー氏の批判的合理主義は、不確実性のもとで予測の精度を高めていくことを目的に構想された科学の方法論である。しかし、さらにいえば、市場における不確実性には、批判的合理主義が前提としているリスクとしての不確実性だけではなく、真の不確実性も渦巻いている。このことは、経済学者のF.ナイトによって、その古典的な著作のなかで指摘されている。
なぜ、真の不確実性が無視できないかといえば、市場という場ではプレイヤーの行動が、そこで行われるマーケティングの前提を変えてしまうということが、少なからぬ頻度で起こるからである。プレイヤーの行動が、マーケティングの前提を変えてしまうとは、どういうことか。たとえばセブン-イレブンの店頭の事象についていえば、鈴木氏が次のようなエピソードを語っている。
セブン-イレブンには、陳列棚に広いフェイスをとれば単品で500枚も売れる魚フライがあったりするのだという。しかしこれを、人気があるから売れるだろうと、陳列幅を減らしてしまうと、100枚も売れなかったりするということが起こる。
これは何を意味しているかというと、顧客の心理や行動 - この場合はセブン-イレブンの店舗において、陳列棚の魚フライの購入を選択するという行動が生じる確率分布 - は、法則のようにあらかじめ定まっており、未来永劫変わらないわけではなく、企業というプレイヤーの働きかけ - たとえば、魚フライの陳列幅の設定の変更など - によって塗りかえられてしまうのである。こうした不定性は、顧客の心理や行動だけの問題ではない。競争企業や取引先や政府などとの関係などにおいても、企業の行動によって市場のあり方が変わってしまうというゲームチェンジは、しばしば起こる。
事業の転換や拡張への新たな挑戦
セブン-イレブンは、この真の不確実性に潜む可能性を見逃さない。セブン-イレブンは、過去の経験やデータにこだわらずに、新たな行動に積極的に挑んできた。現在のセブン-イレブンの収益は、開業当初の業態を忠実に守るだけではなく、「とにかくやってみよう」と新たに挑戦してきた事業の転換や拡張によって支えられている。
たとえば、その一例として、店舗のATM(セブン銀行)や、ワンランク上のPBのセブンゴールドなどを挙げることができる。セブン-イレブンのATM事業については、当初の2年間は赤字だったという。しかしそれにもかかわらず、セブン-イレブンは、設置する店舗や提携する金融機関の数を増やしていった。こうして認知度と利便性を高めていった結果、3年目を迎えたころから、ATMの利用件数が高まり、ようやくセブン銀行は黒字化を達成する。
一方、プレミアムPBのセブンゴールドについては、当初はメーカーとトップ商談を行い、全品買い取りとするなどして、異例のパートナーとの関係構築から開始している。セブン-イレブンのATM事業やプレミアムPBは、行動を進める以前から誰の目にも成功が確実視されていたプロジェクトではなかったのである。
あるいは、以前のセブン-イレブンは、若い男性をメインの顧客としており、それに対応した弁当類などを提供していた。しかし時代が移るなかで、セブン-イレブンは、「今後のコンビニは女性や高齢の顧客にとっての『近くて便利』を提供していくべきではないか」と、ポジショニングの見直しを行い、ミールソリューション型の商品群を本格的に投入し、売上げ拡大を実現している。「若年男性のとっての便利な店」という従前の成功を支えてきた検証済みのポジショニングを疑う行動が、今のセブン-イレブンにつながっている。









