問題の先延ばしのためにはどんな無茶もする教委
いじめ問題をやっていて、焦るのは、学生には期間がある事です。小学生なら6年間、中学高校なら3年間。一方、隠ぺいをする側は、これが免罪符のように感じている面がある。
こちらは、卒業までには、教委の管轄が変わる前には、と、その間に仕上げられるように考えたり、期間的に無理だというときは別の策を講じたりするわけですが、逆の立場は、引き延ばそうと必死に、無茶苦茶なことをしてくるわけです。
例えば、調査委員会立ち上げを大々的に発表して、何もしないとか、そんな事案がゴロゴロあるわけです。
ただ、17年間隠ぺいは、さすがに長過ぎます。当時小学生だった被害者も加害者も成人しているし、結婚して、こどもがいるということもあるでしょう。
隠ぺいで、どれだけの人が苦しみ、そして、受けられるはずの教育を受けることができなかったか、その期間は、まっくろなときだったはずだし、正されるはずが正されないことで、多くの犠牲が払われたのです。
その1つ1つに、きっと幸せだった、楽しかったはずの人の人生があるのです。その「1」は、単なる数字の「1」ではない。
費用も莫大と言える額が掛かり、期間もずいぶん経った、調査委員会がどういう報告をするのか注目すべきところですが、私はさらに、この報告を受け、神戸市教育委員会が何と答えるのか?に注目しています。いつも通り、「以後気を付けます」で終わりなんでしょうか。
その可能性は高いんじゃないかな…と予想しています。
それほどまでに、期待できない、期待するのが馬鹿くさくなる、そんな思いです。
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