「いじめ」であっても例外なし。子どもを育てる“不親切教師”のススメ

Junior high school class sceneJunior high school class scene
 

教師の仕事とは何でしょう。生徒が困っているときに助けてあげるのはもちろん大切ですが、生徒たちが成長する機会を提供することも、先生の大事な仕事のひとつかもしれません。今回の無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』の著者で現役小学校教諭の松尾英明さんは、一見「親切」な行為は長い目で見ると子どもを不幸にするとし、不親切教師のススメについて語っています。

「不親切教師のススメ」をどう実践するか

教員の夏といえば、研修である。自分もこの数カ月、全国の様々な研修の場に何度も立たせていただいた。「不親切教師のススメ」や、クラス会議を含めた「自治的学級づくり」あたりのテーマ依頼が多い。

どの場でも「質問コーナー」で確実に出る質問がある。それは「どうやって周りの理解を得るか」である。あるいは「どうやって周囲と揃えるか」である。

多くの人にとって、この壁が高い。たとえ校長の立場だとしても、周囲の理解を得るのには容易ではない。せめて学年主任ぐらいの立場であれば、自分からやろうと言うことは何とかできる。しかし、新卒数年目や異動したてなどの立場では、なかなか言えたものではない。

そしてどの立場であっても「揃える」は必ず無理が生じる。なぜならば、違う人間が教える違う相手だからである。「全員Mサイズで統一」は必ず無理が生じる。

だからこそ、多様な実践が保障される自由度の高い教育現場であることが大切である。懇切丁寧な方がいいこともあれば、不親切な方がいいことも多々ある。

例えば『不親切教師のススメ https://www.amazon.co.jp/dp/4908983615』では「けんかを解決してあげない」という基本方針がある。自治を考える時、けんかのような対立状況は、最も深い学習のできる機会であると捉える。これを安易に奪わない。本人と相談して可能な限り、見守る姿勢をとるのである。

これがなかなかできない。同僚だけでなく保護者も含めた周りからのプレッシャーに耐えかねる。ベースには「けんかを解決してあげるのが先生の仕事」という常識がある。

ここが子どもが育たないポイントなのである。そういう一見「親切」な行為は、長い目で見て子どもを不幸にする。敢えて解決してあげないことは、一見不親切なようで、子どもの問題解決力や折り合いをつける力を大幅に高める。

「いじめ」であっても即座に介入して解決が正しいとは限らない。把握は絶対にした方がよい。相談にも乗った方がよい。まずいじめられている子どもを守るのが第一優先事項であることに疑いはない。

ただし同時に、本人に「どうしたい?どうして欲しい?」と尋ねることが必須である。「自分でやってみるから、見守っていて欲しい」と言ったら、自立への第一歩を踏み出しているといえる。自分には「安全・安心」の基地があると思えばこそ、外へ出て挑戦できるのである。自らが勇気を出していじめをはねのけたという経験は、子どもにとって一生ものの自信になる。

確かに、いじめがあるという事実は学級の問題であり、学校側の課題である。しかし人間関係の課題は、あくまでも子ども自身の課題である。子ども自身が解決できる方向に導くことが、学校としてあるべき課題解決の姿である。なぜならば、学校の存在意義は、子どもがよりよく成長することだからである。

つまり「いじめを解決する」は間違いなく大切なことなのだが、そのやり方である。大人が全て介入して解決してしまったのか、子ども同士のぶつかり合いの中で解決されたのか。両者は一見同じ「いじめが解決された」という様相を呈しているが、その意味や内実において正反対の結果をもたらす。

 

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