関係者から「いっさいNGが出なかった」
本書の巻末には鈴木さんのこれまでの人生と、漫画・アニメ業界のできごとをリンクさせた年表が収録されている。鈴木さんのこれまでのお仕事や交流が、初めて時系列で明らかになった。
近所にいる、何をしているかわからないおじさんの正体に、これで一歩近づけるかとも思えたが、やはり鈴木さんが「これをしてきた人」とひとことで表現できるような核心には迫れなかった。
かつてはどこの町内にも、子供らとちょうどいい距離にいた謎のおじさんが一人はいたような錯覚なり幻影があり、その抽象的な像が小池さん、すなわち鈴木さんに結実してさまざまな漫画家さんが心の中に大事にされてきたのではないか。
だいぶ強引な思考の流れだけれど、それを証明するかのように、本書に収録されている鈴木さん撮影のあまたの写真について、被写体となった漫画家たちの関係者やプロダクションに版元から掲載許可をもとめた際、すべてがノーマークチェック、いっさいNGが出なかったのだそう。
若者世代が抱く「トキワ荘」への憧れについて
SNS時代の「個」の存在と、人と人とのつながりのありかたについて、多くの人が思うところある昨今。トキワ荘のような梁山泊的集合体、そんなエデンに対しての、若い人たちのあこがれについて訊いてみた。
「これは何年もたってみないとわからないんですけどね。そういう見方もあるのかな、今の人はどうなんだろう。当時あったような、これほどの濃密な交流と、ひとつの理想の形、これからの、ひとつのそういうきっかけになればいいと思いますね」
「僕はトキワ荘で、漫画では藤子氏や石森氏とか、そういう人には敵わないと思ったんです。漫画では競争できないと。はるかに天才ですからね。彼らと違った道を行ったほうがいいと思いました。むしろ、やるんだったら、彼らの作品をアニメーションにしてあげたら、そのほうがいいと思いました。それがよかったかどうか、そこまで才能がなかったですからね、大成功はしなかったと思うけど。彼らも、アニメの出来に対して、言いにくかった面はあったかもしれない。ただ、藤子氏なんかは、ひとつ仕事が終わってもまた次と、しょっちゅう頼んでくることが多かったですね。鈴木なら、と安心しているところがあったのかもしれない」
「アニメーションの世界は、かかわる人が多いせいもあるかもしれないけれど、安いんですよね給料が。みんなあこがれる世界ではあるんですけど。アニメで成功するにはそれなりの強い作品を作らないといけない。厳しい競争の世界ですから。ディレクターとか、頭脳のほうでは、宮崎さんとか高畑さんとかすごい人はいるとは思うけど、そういう人は本当に一握り」
「現状では難しいのかもしれないけれど、僕はスタジオ・ゼロのスタッフには、自分の作品も作りなさい、と言っていました。頼まれたものだけやっているんじゃなくて、もともと才能はいっぱい持っているはずだと思っているわけです。表現者として。ある青年はゼロに居たころは非常に絵がうまくなくて、紙がふにゃふにゃになるくらい直したもんですけど、自分のものを作らせたら素晴らしかった。彼は今は世界に出ていろいろ作品を作っています。そうやって、上の立場の人間は、作家性を見出してあげないといけない。スタジオの仕事をしている中で、才能を伸ばしていけない人もたくさんいます。自分に合った、自分の才能を見つけてあげないと、と思います」
鈴木さんが語られる、後進への温かなまなざしというのは、中村氏、横山氏から受けた薫陶、縁をつないで引き上げてもらったこれまでの恩の繰り返しということでもあるのかなと感じた。
「今日はずいぶんつまんないことを喋っちゃった気がするなあ。でも、僕の書いた本を読んでアニメーターになった人もいるんですよ、僕も、少しは役に立ったのかな」
そう言ってはにかむ鈴木さんは、やはり子供らを温かく見守る、近所の謎のおじさんそのものだった。
謎のおじさんの謎はわからない、鈴木伸一さんの回顧録『アニメと漫画と楽しい仲間』は、玄光社から発売中。
本多八十二(ほんだ・やそじ):漫画原作者。元編集者、現在は調理師。作品に『猫を拾った話。』
協力:和田収(ラバブル)
濱田髙志
著者:鈴木伸一
定価:2,640円(本体2,400円+税10%)
発売日:2023年5月25日
発行:玄光社
【イベント情報】
『鈴木伸一トークライヴ アニメーション+秘蔵映像上映』
1956年、横山隆一主宰のおとぎプロでアニメーターとしてキャリアをスタートさせてから67年。本年12月で90歳を迎える今も新作を作り続けている鈴木伸一さんの自主制作アニメーションを上映します。また、漫画界、アニメーション界に友人も多い鈴木さんは集まるたびにカメラでスチル・ビデオを撮り続けてきました。今回は、その中からここでしか見られない秘蔵映像を上映し、ご本人にその時の出来事を語っていただきます。なお、終演後には、本年5月に発売された「アニメと漫画と楽しい仲間」(玄光社刊)の販売とサイン会を行います。
サイン会への参加は当店でお買い上げいただいた方のみとさせていただきます。
協力:玄光社/「月刊てりとりぃ」編集部
【予約方法】
電話(03-6821-5703)または、メールで
メール受付の場合は info@espacebiblio.jp
件名「10/21鈴木伸一上映会参加希望」
お名前、電話番号、参加人数をお知らせ下さい。返信メールで予約完了をお知らせいたします。
【会場】
ESPACE BIBLIO(エスパス・ビブリオ)
地図→ https://www.espacebiblio.jp/?page_id=2
〒101-0062千代田区神田駿河台1-7-10YK駿河台ビルB1
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image by: 本多八十二