手塚治虫からよくかかってきた電話
このたび出版された『アニメと漫画と楽しい仲間』は、40年来のお付き合いのある旧知の方からの「そろそろこれまでのことをまとめませんか」というラブコールが成就したものとお聞きした。
本に収録するためにご自宅に散在しているこれまでの記録、とりわけトキワ荘やスタジオ・ゼロ時代、また手塚治虫氏との長きにわたる交流の中で撮られた写真を徹底的にサルベージしたという。
「手塚先生のお写真は、先生のお父様がよく撮られていましたが、それ以降のものはもしかしたら少ないかもしれませんね」
「手塚先生は横山先生のことを大変尊敬されておりましたし、ディズニーも大好きでした。そんなわけで、横山先生の弟子でありディズニーが好きという共通項をもった僕に、よく電話をかけてくれて、ちょいちょいいろんなところへ遊びに行きました。今考えるととても幸せなことです」
作家さんというのはもしかするとおしなべて、記録魔的性質をもっているのではないかという気がする。今でこそだれでも手にしているスマートフォンで気軽に日常を切り取り写真におさめることができるが、当時は大きな二眼レフを首から下げ、撮影後のフィルムもDPEに出して現像もプリントも仕上がってくるのは後日、という大変さなのに、本書に収められた写真の数々を見ていると、よくこれほどまでに折々のシーンを撮っておかれたなということに驚愕する。
今となってはどの写真にも当時の貴重な瞬間が焼き付いている。
「あのころはなぜか、みんなで集まったりするとまめに集合写真を必ず撮ってましたね。僕がリコーフレックスを買って使っていたら、寺田ヒロオさんも、それいいなあ、なんて言って同じの買ってました」
スタジオ・ゼロが初めての社屋をかまえ、大掃除した後の記念写真、などとという何気ない一葉に写るお歴々の活き活きとした表情が、なんともいえず素晴らしく、見る者にも多幸感をあたえてくれる。
鈴木伸一さんが欲しい「かんじ」
本書を出されることで、アニメ界の後進へ何かメッセージを託そうという意図もあったのですか? と少々うがちすぎな質問をさせていただいた。
「いえ、メッセージなんてとても。今でもアニメーションはどんどん進化していますからね。僕なんかはとても入り込めないです」
表現しようとしているものが変わってきていますか?
「変わってきていますね。描線ひとつにしても今はもうぜんぜん綺麗で美しい。僕らの時代はまだまだそこまでいっていなかった。アニメーションがこれから拡がっていくという時代です。今アニメ界を代表するような宮崎駿さんなどもその時代にダーッと入ってきた時代。手探りでしたね」
「ただ、そういった昔のものには、今のものとは違う力強さや存在感があった気もします。今僕らがやっている個人やグループ製作のアニメでは、僕のパートでダーマトグラフ(グリースペンシル)なんかで乱暴に描いたところがみんなの評判がいい。綺麗に描くのもいいけど、『かんじ』を、それが欲しいなと思っています」
その「かんじ」とは、いったいどのようなものなのだろう。お話をうかがいながら、鈴木さんが横山隆一氏のおとぎプロにいたころのアニメ制作にヒントがあるような気がした。当時鈴木さんも他のスタッフも、絵コンテというものの存在を知らなかったとのこと。
「今考えると、よくあんなやり方でアニメーションが作れたな、と思います。横山先生が一枚さらさらとお描きになった原画を、このシーンを何枚で、というのがない状態で動きをどんどん描いていくわけです。長さはできてみないとわからない。僕はそういうもんだと思っていました、知識がなかったから」
もしかしたら、当時の自由なアニメ製作の楽しさや創造性が、今鈴木さんが参加されているグループでのアニメ作業に回帰してきているのかもしれない。
「今やっている個人製作は自由で楽しいです、ぜんぶ一人で、グループのみんなそれぞれが自分の世界を作っている。頭の中の世界と、手の技術で」
「手探りで試行錯誤の製作、できてみないとわからない楽しさ、そこへ行っちゃうと逆にちゃんとしたアニメーションの作り方のような元に戻れない。つまんないから。そういう手作りの世界へどっぷり浸かっちゃうことになっちゃう」