欧州まで飛び火するガザの戦火。国際交渉人が描く最悪のシナリオ

 

「合意が約束通りに実施されるのか」という大きな懸念

イスラエルとしても、国内世論が「ハマスを潰してしまえ」から「人質の解放が最優先課題であり、現在のイスラエル軍のガザでの攻撃は行き過ぎ感が否めず、国際社会におけるイスラエル、そしてユダヤ人の立場を再度悪化させるのではないかと懸念し、そして自軍の攻撃が、人質に取られている自国民と同盟国の人たちの生命を危機に晒していることは、イスラエルが行うべきことではない」というものに変わってきていることもあります。

10月7日にハマスによる一斉攻撃と、200人を超すイスラエル人と在イスラエル外国人を人質に取られるという大失態を演じたネタニエフ首相と政権は、すでに国民からの激しい非難の的になっており、戦争後の権力基盤を築くためにも、「ハマスの壊滅のためには多少の犠牲は厭わない」から「人質の解放が最優先課題であり、それをより確実にするための一時戦闘停止もやむを得ない」という姿勢に変わったとも言えます。

非常にセンシティブな交渉と困難な協議を経て「4日間の戦闘停止を行う。その間にハマスは50名の人質の解放に応じ、イスラエルも収監されているハマスの構成員を解放する。そしてイスラエルはガザ地区へのエネルギーの供給を許し、ラファ検問所を通じて、ガザ在住のパレスチナ人の傷病者がエジプトに逃れることと、ガザにおいて人道支援を行うスタッフのガザ入りを許可する」という内容の合意に漕ぎつけました。

完全に行き詰まりかと思われ、想像を絶する事態が終わりなく続くのではないかと恐れていましたが、この合意が遵守されれば、一応事態は落ち着くのではないかという期待が溢れています。

調停官・仲介者の観点からは「本当によくやった」と称賛されるべきですが、問題は、この合意が約束通りに予定通りに実施されるか(Executeされるか)というポイントです。

このexecutionの内容、プロセスへの合意の有無は、私がとても懸念している要素です。

合意を報じた各国メディアの論調や、ハマスの政治部門のトップのX(旧Twitter)のポストを見ると「これで一山越えた」的な雰囲気が漂っているように思われますが、これはよく困難な案件を“合意”に導いた際に起こるイリュージョンに似ており、ほっとするあまり、実施に関するプロセスの確認を当事者間で行ったかどうかは、ちょっと不安です。

そして別の懸念は、先週号でも少し触れたのですが、同じハマスでも政治部門と軍事部門の意思疎通がどれほどできているのかが分からないことです。

今回の合意はドーハに住むハマスの政治部門のトップと、イスラエル側の交渉責任者が、カタール政府とエジプト政府の仲介を受けて、そしてアメリカ政府からのプレッシャーを受けて、綱渡りのような交渉を続けていましたが、問題はここにハマスの軍事部門の利益代表者がいなかったことです。

ハマスの軍事部門は、イスラエル軍とガザで命を懸けて対峙していますが、ハマスの政治部門のトップはドーハでVIPの生活を送っていることから、現場からの信頼度が疑問視されていることです。

ガザ地区で活動する友人たちの話を総合的に分析すると、ハマスの軍事部門は政治部門の人たちのことをよくは思っておらず、常に反感を抱いているという内容をよく聞きます。

もしそうだとしたら、協議の場に軍事部門の利益代表がいないことは、容易にデリケートな合意が崩れる危険性が高いことを予想させます。

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