強調して指導すべきは「仲間の話を聞く」である。
これはもはや選択肢のない、強制である。
教師の話は、多少聞けなくてもいい。
その気持ちはわかる。
私自信も学生時代、そこまで集中して聞いてなかった記憶がある。
教師はどうせたくさん話すし、立場上、他より圧倒的に聞いてもらいやすい。
しかし、仲間の話は絶対に聞かねばならない。
なぜならば、自分自身が話す時に、それと同じ現象が起きるからである。
「自分の話を聞いてもらえない」は、言語なり行動なりに暴力的な力となって噴出する。
即ち、学級崩壊をはじめ、学級における様々な問題は「聞く」が成立することで、かなりの部分が解決する。
しかし、ここで勘違いしてはいけないことがある。
適切な指導をすれば、話を全員が聞けるようになる訳ではない。
あくまで「話を聞ける集団」にしていくことができるということである。
この本の中では「聞けない時には」という言葉が何度も出てくる。
どこか教師には「聞けない相手の責任」「うまい指導で聞かせるようにできる」という勘違いがある。
事実は、聞けない状態の時は、どうやっても聞けないのである。
この辺りの諦め(明らかに認める)というバランス感覚が大切である。
いずれにせよ、この本に書いてあることは、学級づくりをする上で最低限知っておいた方がよい。
20年以上やってきた事実からの、嘘偽りのない実感のみが書かれた本である。
それをワンクリックでひょいと手に入れることができるなんて、何て安易で安いものだろうと思う。
20年前、色々と悩み苦しんでいた自分にプレゼントしてやりたいと思う。
話を聞けるということの重要性。
強調しすぎてもしすぎることはない事実である。
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