クドクドしい弁解から「自給だけではダメだ」という決めつけへ
次の個所では、もっとはっきり、しかしまだ遠慮がちにではあるが食料自給率目標の「取り下げ」――と言って言い過ぎならば「相対化」が謳われる。
▼現行基本法に位置付けられた基本計画における目標は食料自給率のみであった。
▼食料自給率は、食料自給率目標の下に、生産努力目標と望ましい消費の姿を示すこととなっているが、現行基本法の理念に照らせば、農業の持続的発展の延長線上にある国内での生産の拡大により、食料の安定供給と多面的機能の発揮が図られるほか、望ましい消費の実現により、国民が健康で充実した生活を送ることが図られる。
▼これらを統括する目標として、国内生産が分子、望ましい食生活が分母に反映されるものとして、食料自給率が現行基本法の基本理念の実現をトータルとして体現する目標として、関係者の努力喚起及び政策の指針として適切であると考えられていた。
▼しかしながら、現行基本法が制定されてからの情勢変化及び今後20年を見据えた課題を踏まえると、輸入リスクが高まる中で、国内生産を効率的に増大する必要性は以前にも増している。一方で、
- 国民一人一人の食料安全保障の確立
- 輸入リスクが増大する中での食料の安定的な輸入
- 肥料・エネルギー資源等食料自給率に反映されない生産資材等の安定供給
- 国内だけでなく海外も視野に入れた農業・食品産業への転換
- 持続可能な農業・食品産業への転換
等、基本理念や基本的施策について見直し、検討が必要なものが生じており、これらを踏まえると、必ずしも食料自給率だけでは直接に捉えきれないものがあると考えられる。
《私流のひねくれ解説・2》
この文章の第2、第3パラグラフは、現行基本法が「食料自給率向上」を表看板にしたのは決して間違っていなかったのだというクドクドしい弁解。そこを飛ばせば、「現行基本法は食料自給率のみを目標にした」(第1パラ)けれども、「時代の変化があり、もはや食料自給率だけでは直接に捉えきれない」(第4パラ)というのが、ここで言わんとしている本筋である。
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