毒殺魔の次は吸血鬼を紹介します。
16世紀から17世紀に実在した名門貴族のエリザベートです。彼女が歴史に名を残すのは吸血鬼ドラキュラのモデルであり、有名な拷問道具、「鉄の処女」の発明者、つまり血に飢えた殺人鬼であったからです。
エリザベートの一族は財産を守るため近親相姦を繰り返した結果、悪魔崇拝者や色情狂と見られる者たちもいました。そうした血が彼女をして殺人鬼にしたのでしょうか。六百人を超える犠牲者はいずれも若い娘ばかりでした。エリザベートは自分の美貌を保つために、若い娘の生き血を求めたからです。
夫はオスマン帝国との戦争で忙しく、留守がちでした。広大な城で暇を持て余したエリザベートは多くの愛人と淫蕩に耽っていましたが、それでは飽き足らず、そして美貌を保とうと若い娘の血を求めます。初めの内は所領の農民の娘を城に幽閉し、内部に棘のある駕籠に押し込んで滑車で吊るし、飛び散る娘の血を浴びていました。夫の死後はエスカレートして下級貴族の娘を行儀見習いと称して城に連れ込んで殺害していきました。
鉄の処女と呼ばれる拷問道具は中が空洞になっていて無数の棘が設けてあります。娘を中に入れて搾り取った生き血でエリザベートは入浴したのでした。まさしく吸血鬼です。この頃になると美貌を保つ目的に加えて苦しみ悶える娘たちを見て快楽を得るようになったのでした。
そんな残忍無比の行為を繰り返しながら罪を問われなかったのは、ひとえに名門貴族だったからです。しかし、幽閉した貴族の娘が逃亡し、ついに罪が発覚して逮捕されました。名門貴族ゆえ死刑にはならず、終身禁固刑を言い渡されます。一切の光が差さない暗黒の塔に閉じ込められ気が変になって死亡したとか。
ドラキュラが太陽光に弱いのはこれがモデルかもしれません。
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