アディダスからナイキへ。あっけなくカネに転んだ独サッカー連盟
さて、ユニフォーム問題の第2弾はというと、3月22日にDFBが、長年の提携パートナーであったアディダス社を、2027年からナイキ社に変更すると発表したこと。アディダスはドイツのメーカーで、77年間もの間、ナショナルチームのユニフォームやスポーツ用品を全て担当してきた。ちなみにナイキは米国のメーカーだ。
交代の理由は至って簡単。ナイキの提案したスポンサー料が巨額だったから。ドイツの経済紙『ハンデルスブラット』によれば、これまでのアディダスの年間5,000万ユーロに対し、ナイキが申し出た額は1億ユーロだったという。これでは確かに勝ち目がないが、「金の切れ目が縁の切れ目か」と、サッカーファンは憤慨した。
DFBとアディダスとの歴史は長い。契約が結ばれたのが1950年で、その4年後の54年に、第2次世界大戦後初のW杯がドイツで開かれた。戦後、ホロコーストの汚名のため、事実上、国際舞台から締め出されていたドイツに、諸国が手を差し伸べたことを示す希望の大会だったが、ここで、ドイツがまさかの優勝を勝ち取ったのだ。しかも決勝戦は、84分目のゴールでドイツの勝利が決まるというドラマとなり、この時のドイツ人の歓喜の様子は、ラジオアナウンサーの狂ったような叫び声と共に伝説となった。
そして、この伝説に少なからず貢献したのが、当時、アディダスが開発した軽くて柔軟なシューズだった。おりしもハンガリーとの決勝戦は雨で、フィールドが激しくぬかるんだ。そのため、強豪ハンガリーチームは、杭を靴底に打った重い革靴に文字通り足を取られ、ドイツチームの機動力に大きく水を開けられたと言われる。
この勝利の後、奇しくもドイツは奇跡の経済復興に突き進み、アディダスとドイツチームは数々のサクセスストーリーを紡ぎ続けた。なのに、それが今、あっけなくナイキに取り替えられることについては、政治家までが遺憾の意を評した。
どの口が言う?大臣が突如「愛国心」発言の何様
ただし、皆が一番理解に苦しんだのは、ハーベック経済・気候保護相の「DFBには少し“立地”の愛国心を持って欲しかった」というコメント。この緑の党の政治家は、かつて「祖国愛という言葉には吐き気を感じる」
案の定、DFBもこの批判には敏感に反応し、慌てたハーベック氏が4月10日、ノイエンドルフ氏とレティヒ氏を経済省に招いて関係修復を図った。報道されたその時の写真を見たら、お灸を据えられたハーベック氏はピンクの新ユニフォーム姿。はっきり言ってミスマッチだった。
● Nach Kritik: Habeck trifft DFB-Bosse im pinken Trikot
いずれにしても、これらを見ていると、現ドイツ政府とDFBの関係が不明瞭だし、DFBによるLGBTQ+の無理強いにも大きな不安を感じる。これまでドイツのサッカーだけは、貧富とも政治的信条とも無関係だと思っていたが、現在、いくつかのブンデスリーガのファンクラブからは、特定の政党の支持者が締め出されているという話まで聞く。
スポーツの政治利用は独裁国の得意とするところだが、ドイツも少しずつそちらの方向に進んでいきそうで、最近、心が波立つ。サッカーが子供たちの夢であり続けてほしいというのは、ドイツ人全員の願いであるはずなのだけど。
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プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)、『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)など著書多数。新著に、福井義高氏との対談をまとめた『優しい日本人が気づかない残酷な世界の本音』(ワニブックス)がある。
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