鹿児島県警の野川明輝本部長に、署員らの犯罪を揉み消した疑いが浮上。女性を公衆トイレで盗撮、女性の個人情報を不正入手し不適切なLINEを送信、幹部が超過勤務手当を不正請求…など目を疑う犯罪ばかりだが、警察と「持ちつ持たれつ」の関係にある大手マスコミはこの問題をまともに報じていない。なぜメディアは内部告発者の前生活安全部長を“見殺し”にするのか。元全国紙社会部記者の新 恭氏が詳しく解説する。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:鹿児島県警の犯人隠蔽疑惑を暴いた元幹部をメディアは見殺しにするのか
内部告発者をメディアが見殺し。鹿児島県警本部長の重大疑惑
鹿児島県警の野川明輝本部長が、複数の警察署員の犯罪を隠蔽しようとした疑いがある。その情報を定年退職後にフリーのジャーナリストに提供した同県警の前生活安全部長が、国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕された。
野川本部長は「隠蔽を意図して指示を行ったことは一切ありません」と全面否定した。警察庁の露木康浩長官は「県警に対して必要な監察を実施する」と言うが、県警トップを告発した人物を容疑者として房内に閉じ込め、警察内部で捜査や監察を実施して、どこまで真相を明らかにできるというのだろうか。
県警記者クラブ所属のメディアにしても、警察発表か、もしくは捜査幹部への夜討ち朝駆け取材が主な情報源だ。警察に都合のいい方向に報道を歪められる恐れがないとはいえない。逮捕された前生活安全部長が、情報を記者クラブメディアではなくフリーの記者に流した理由もわかる気がする。
前代未聞。なぜ内部告発者の本田氏が逮捕されるのか
鹿児島県警の前生活安全部長、本田尚志氏は今年3月に定年退職した。在職時は警視正。同県警では警視長の野川本部長に次ぐ階級だ。ノンキャリとしては最高の地位にのぼりつめた警察官といえる。その人が、退職してわずか2か月後の5月31日、いきなり古巣である県警に逮捕されたのだ。
逮捕理由は県警の発表で明らかになっている。6月1日の読売新聞。
発表によると、本田容疑者は3月25日付で県警を退職した直後の同月下旬、鹿児島市内から第三者に内部文書を複数枚郵送し、職務上知り得た情報を漏らした疑い。
だがこれでは本田氏がなぜ「職務上知り得た情報を漏らした」のか、わからない。情報をあえて漏らした理由こそが、本田氏が世間に知ってほしい事柄なのだ。
そこで本田氏は鹿児島簡易裁判所に勾留した理由を明らかにするよう求める「勾留理由開示」を請求し、その法廷で意見陳述することによって、自らの行為の説明をする機会を得ようと考えた。
そして6月5日、「勾留理由開示」の法廷が開かれ、本田氏の意見陳述が行われた。以下は、その概略である。
職務上知り得た情報が書かれた書面を、とある記者の方にお送りしたことは間違いありません。鹿児島県警職員が行った犯罪行為を野川本部長が隠蔽しようとし、いち警察官としてどうしても許せなかったからです。(中略)
令和5年12月中旬、枕崎のトイレで盗撮事件が発生し、容疑者は枕崎署の署員と聞きました。(中略)私は捜査指揮簿に迷いなく押印をし、野川本部長に指揮伺いをしました。野川本部長は「最後のチャンスをやろう」「泳がせよう」と言って、本部長指揮の印鑑を押しませんでした。警察の不祥事が相次いでいた時期だったため、新たな不祥事が出ることを恐れたのだと思います。
そんな中、現職警察官による別の不祥事が起こりました。警察官が一般市民から提供を受けた情報をまとめた巡回連絡簿を悪用して犯罪行為を行ったというものでした。これも本部長指揮の事件となりましたが、明らかにされることはありませんでした。不都合な真実を隠蔽しようとする県警の姿勢に、更に失望しました。
野川本部長は東京大学法学部を卒業し1995年に警察庁に入庁した典型的なキャリア官僚である。わずか600人程度といわれる警察庁キャリアは、捜査畑や交番勤務など現場を経験することがほとんどない。若くして県警の幹部や警察署長となり、組織の中で順次、昇任していく。
つまり、幹部としてつつがなく過ごしていけば出世を約束されているわけだ。逆に、部下の不祥事が連続的に起きれば管理責任を問われ、キャリアに汚点を残すことになる。本田氏の言う「不都合な真実」である。
鹿児島県警察に忖度し、真実を報道しようとしない大マスコミ
だが、この本田氏の言い分は、今のところ大メディアでは慎重に扱われている。記者クラブを通じた警察組織との関係に配慮した報道をしているからだ。
たとえば、本田氏が第三者に提供した情報には「公表を望んでいない被害女性の氏名が含まれている」「同僚だった前刑事部長の名前や住所などを問い合わせ先として同封していた」(いずれも朝日新聞より)などと、守秘義務違反の容疑事実にそった内容が、本田氏の陳述に関する部分よりも先に書かれ、記事の構成上、重視されている。
そもそも新聞など大マスコミは「客観報道」の名のもとに、警察、検察、役所、政府高官といった「権威」の公式発表に安易に依存することが慣習化しているのだ。
本田氏が情報を送った「とある記者」とは誰で、情報がどんな内容だったのかについては、6月6日から8日にかけてネット上の調査報道サイト「ハンター」に掲載された記事「鹿児島県警『情報漏洩』の真相」で知ることができる。
ライターの小笠原淳氏が執筆したその記事によると、今年3月下旬、差出人不明の郵便物が同氏あてに送られてきた。その中には鹿児島県警の不祥事の少なくとも3件の概要を記した文書が入っており、その1枚目には「闇をあばいてください」と大きく印字されていた。
小笠原氏は元札幌タイムス記者で、「北方ジャーナル」や「ハンター」に記事を寄稿している。「ハンター」は鹿児島県警の不祥事をこれまでも再三にわたって取り上げてきており、本田氏が「ハンター」執筆陣の一人である小笠原氏に情報を流したのも、そのあたりに理由がありそうだ。
もっとも、差出人不明の郵便物だったため、本田氏から送られてきたものだと小笠原氏が気づいたのは、6月5日の「勾留理由開示」後に、「札幌市在住のライターの男性」に送ったという報道があってからだという。
盗撮・ストーカー・公金詐取。口封じで「ハンター」を家宅捜索
本田氏が記した鹿児島県警の不祥事は主に3つある。
そのうち、盗撮事件は、枕崎市内にある公園の公衆トイレが現場。被害者女性がドア上方にスマートフォンがあるのに驚いて声を上げ、ドアを開けると、盗撮犯は白い車で逃走した。警察が付近の防犯カメラを調べたところ、白い車が警察車両であることがわかり、12月中旬の事件があった日時にその車両を使っていた署員が特定された。にもかかわらず、本田氏の意見陳述にもある通り、野川本部長は捜査に待ったをかけた。
「巡回連絡簿を悪用した犯罪行為」についても詳細に書かれていた。鹿児島県内の警察署の駐在所に勤務していた30歳代の男性巡査長が一昨年4月、パトロール中に知り合った20歳代女性の個人情報を駐在所の巡回連絡簿から不正入手し、その女性に頻繁にLINEを送るようになった。その内容が「抱いていい?」など不適切なものが多かったため、女性が交際相手に相談、その交際相手がたまたま警察官だったことから県警本部の知るところとなった。
今年1月に捜査員3人が女性宅を訪ね、女性と両親に捜査状況などを説明。今年2月上旬になって、女性が事件化を望まない意向を示したため、捜査は唐突に終了したが、「巡回連絡簿が犯罪に使われたという事実は極めて重く、県警はその点だけでも公表して謝罪するべきだろう」と小笠原氏は指摘する。
もう一つは、警察幹部が超過勤務手当を不正請求していたことをひた隠しにしている疑惑だ。2022年、50歳代の男性警視が鹿児島中央署に勤務していた頃、実際よりも遅い時刻に退庁したように装う申告をし、超過勤務手当を不正に取得していたが、県警本部はその事件化を見送ったという。
小笠原氏はこれらの文書データを九州地区を拠点とする「ハンター」と共有し、鹿児島県警への補足取材を依頼した。
それまでにも県警の捜査について疑問を呈してきた「ハンター」は、昨年10月、自社記事を補強する材料とするため「告訴・告発事件処理簿一覧表」と呼ばれる内部文書を、個人情報を黒塗りにして掲載した。
県警は各警察署や県警本部で入力した95の事件のデータだと判断し、今年3月、情報を漏らした曽於警察署の巡査長を逮捕、「ハンター」側への家宅捜索を同4月に実施した。そのさい、本田氏から小笠原氏に送られた文書の画像を見つけ、5月31日に本田氏を逮捕した。
鹿児島県警・野川本部長は犯人隠避の罪に問われてしかるべき
「ハンター」への捜索で、盗撮事件の情報が外部に漏れていることを知った鹿児島県警は5月13日、枕崎警察署の男性巡査部長を建造物侵入などの容疑で逮捕した。未発表の不祥事が表ざたになる前に手を打ったということだろう。
都道府県警で採用されても警視正以上は国家公務員となるため、本田氏には国家公務員法の守秘義務違反が適用された。
しかし本田氏の主張が事実だとすれば、野川本部長は犯人隠避などの罪に問われるべきであり、本田氏は公益通報保護制度によって保護されるのが本来のあり方である。
捜査機関の不祥事を内部告発しようとして「口封じ」逮捕された実例としては、大阪高検公安部長検事だった三井環氏が、2002年4月22日、大阪地検に逮捕されたケースがある。
検察庁内部で調査活動費を裏金化する不正がまかり通っていたのを暴露するため、テレビ朝日の報道番組「ザ・スクープ」の取材受けようとした日の朝に任意同行を求められ、1年余にわたって受刑を余儀なくされた。いまだに検察最大のタブーとされる裏金問題にはメスが入っていない。
2003年11月に発覚した北海道警裏金事件では道警の多数の幹部が処分された。北海道新聞の調査報道で重要事実が次々と明らかになり、道警幹部からも内部告発者が出たからだ。
記者クラブや、警察組織というムラ社会の掟を打ち破る勇気を誰かが持たなければ、真実は闇の中に葬られたままとなる。
記者クラブ的なれ合いを打破できるか
今後の注目点は、「県警に対して必要な監察を実施する」と言う警察庁がどこまで公正に事実解明を進めるかということだ。
野川本部長は「被疑者の主張していることは、本件の動機に関することなので、事件捜査の中で、必要な確認をおこなっている」と話している。しかし、県警トップが不詳事を隠蔽した疑惑について、その部下である捜査員が、上司を忖度することなしに事情聴取できるだろうか。
かつて記者として北海道警裏金事件を調査した高田昌幸氏(東京都市大学メディア情報学部教授)は鹿児島テレビの取材に対して、こう語る。
「本田氏の言う通りなら、本部長は犯人隠避とか証拠隠滅の容疑者になる。現職の警察官みんなが冷ややかに見ているわけではないと思う。表には出てこないけど本田氏を応援している人はたくさんいると思う。県警の内部はこうなっていると、いろんな動きを報道できるかどうか。最後に判断するのは県民。報道機関にはがんばってほしい」
メディアさえその気になれば、本田氏を応援する捜査員から県警内部の動きを聞き出し、野川本部長ら県警幹部の疑惑に迫ることができるはず。高田教授はメディアにそうハッパをかけているのだろう。
警察庁の公正な監査を促すためにも、記者クラブ的なれ合いを打破して、真実追及に徹するべき時ではないか。
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image by: 鹿児島県警察