米国のディズニーワールド内のレストランを利用した女性が食物アレルギーで死亡し、遺族がディズニーに対して起こした損害賠償。こちらの記事でもお伝えした通り、ディスニー側の信じがたい主張が大きな話題となりました。今回のメルマガ『小林よしのりライジング』では、漫画家・小林よしのりさん主宰の「ゴー宣道場」参加者としても知られる作家の泉美木蘭さんが、改めてこの訴訟の流れを振り返るとともに、訴訟大国アメリカの「トンデモ裁判」の数々を紹介。さらに同じ民主国家ながら裁判制度への感覚が日米間で大きく異なる理由を考察しています。
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※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:トンデモ訴訟大国アメリカ~“裁判を受ける権利”って、何なのか?
謝ったら負け。犯罪者までが裁判を受ける権利を主張する訴訟大国アメリカ
2023年秋、米フロリダ州のディズニーリゾート内のレストランで食事をした米国人女性が、アレルギー反応を起こして死亡する事件があった。
女性は、特定の食材にアレルギーがあったため、常に注意していた。ディズニーリゾートや、そのレストランのウェブページには、アレルギー対応を最優先すると記述されており、レストランには、アレルギーフリーのメニューが用意されていたため、家族でこの店を選んだという。
当日も、メニュー1つ1つについて、アレルゲンが含まれていないか再三確認をとりながら注文。従業員は、大丈夫だと断言したが、食事後、女性は強いアナフィラキシーショックを起こし、携帯していた注射薬をみずから使用したが、死亡。女性の体内には、再三確認したはずの食材が発見された。
死亡した女性の夫は、ディズニーとレストラン側に過失があったとして、5万ドル(日本円で約740万円)の損害賠償を求めて訴訟を起こしているのだが──。
遺族の訴えに対して驚愕の回答を送りつけたディズニー
死亡に対する賠償金としては、それほど巨額ではない印象だが、ディズニーは、遺族の訴えに対して驚愕の回答を送りつけた。
原告の男性は、過去にディズニーの動画配信サービス「ディズニープラス」の1カ月無料体験を利用しており、その登録時に合意した「利用規約」のなかに、ディズニーに対して訴訟を起こす権利を放棄するという文言が含まれているため、訴訟を取り下げろと主張したのだ。
また、事件前には、ディズニーパークへの入場チケットを購入するために、ディズニー公式アプリを利用しており、この場合も上記の利用規約に合意したことになるため、原告は、妻の死に対してディズニーを訴えることはできないとも主張した。
「ディズニープラス」なら、私も映画を見るために登録したことがあるが、それによってディズニーリゾート内で死亡事故に見舞われても、訴える権利すら放棄させられていたとは、怖すぎる。
この件が世界的に報道され、非難が殺到すると、ディズニーは態度を一変。裁判を継続できると表明した。ただし、「ディズニープラスや公式アプリの利用規約に合意したなら、ディズニー相手に訴訟できない」という主張をひっこめたのではなく、「人道的配慮から、あくまでも特別に」という言い方だ。来月には審理が行われるらしい。
「ハァ?」としか言いようのないアメリカのスゴすぎる判例
「あり得ない!」としか言いようのないディズニー死亡訴訟だが、もともとアメリカは、日本人から見れば「あり得ないトンデモ訴訟」には枚挙にいとまがない国である。米国の訴訟事例集から抜粋してみよう。
■股間にマクドナルドのコーヒー挟んで5,800万円
1994年、孫の運転するスポーツカーに乗っていた72歳の老婦人が、マクドナルドで購入したホットコーヒーを股の間に挟んだところ、コーヒーがこぼれて太腿を火傷、マクドナルドを提訴した。48万ドル(当時のレートで約5,800万円)の支払いが認められた。
■自打球が鼻に激突して500万円
ゴルフコースでプレーしていた女性が、打った球が障害物に当たって跳ね返り、自分の鼻に激突したとして、ゴルフクラブを提訴。約500万円の損害賠償が認められた。
■カップルに責任をなすりつけられたディズニー
ディズニーパークでデート中のカップルが、それぞれゴーカートに乗り込んだところ、前を走る彼女が急停車し、そこへ彼氏が衝突。彼女はむち打ち症になり、ディズニーを提訴した。裁判では、彼女の責任が14%、彼氏が85%、ディズニーが1%とされたが、彼氏が「支払い能力がない」と申し立てたため、裁判所がディズニーに損害賠償765万円の肩代わりを命令。
※『訴えてやる!!!』(ローラ・B・ベンコ/アティラ・ベンコ著、永井二菜訳)より
この事例集、どっさり掲載されているのだが、どれもこれも「ハァ?」としか言いようのないものばかり。ゴーカートの判例に関しては、ディズニーが気の毒な立場でもあり、なるほど、こういう事情から「訴訟させない利用規約」なんてものまで編み出したのかと思えてくる。
だが、アメリカのトンデモさは、もっと肥大化している。犯罪者や警察官もガンガン裁判を起こしているのだ。
■落っこちてケガした泥棒に3,000万円
小学校に忍びこもうとした泥棒が、校舎の天窓から転落。泥棒は、「天窓の上を歩くと危険」と注意書きしておかなかったことに過失があると主張して、教育委員会を提訴。約3,000万円の賠償金と、月額15万円の生涯に渡る補償の支払いが認められた。
■囚人ら11人が刑務官を訴えて賠償金ゲット
看守のストライキによって不便を強いられたとして、カリフォルニア州の刑務所に収監されていた猟奇殺人犯が代表となり、囚人ら11人が刑務官の労働組合を提訴。損害賠償として約530万円の支払いが認められた。
■「ちゃんとベランダ直しとけよ!」の警察官
セキュリティー警報を受けて民家に駆けつけ、不審者がいないか調べていた警察官が、ベランダの板を踏み抜いて片足がはまり込み、怪我。警察官は、家主と、ベランダの修理相談を受けていたシロアリ駆除業者を提訴。約4,000万円の損害賠償と、月額24万円の生涯に渡る補償の支払いが認められた。
※『訴えてやる!!!』(ローラ・B・ベンコ/アティラ・ベンコ著、永井二菜訳)より
憲法で保障された公正かつ公平な裁判制度のために、司法が独立性を保ち、国民の権利と自由の守護者たる役割を果たすことが民主主義の原則である──と言うが、アメリカでは、権利と自由がどこまでも認められて、囚人による訴訟も頻発している。
市民の安全を守るために命を張っているはずの警察官が、警戒先の家主を訴えるというのも、職務の意義が崩壊しているし、そりゃ警察に頼るより、銃を所持して自衛したほうがよいとなるのも当然だろう。
陪審員による審理は、経験豊富な裁判官による裁判よりも損害賠償が認められる確率が高く、「カネをとりやすい」という感覚もあるようだ。
福沢諭吉のいう「義に通ずる理のある力=権理通義」でなく、「神が私にお与えになった幸せを追求する権利」はどこまでも膨張していく。
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アメリカ人に日本の文化をわからせてしまう大谷翔平の威力
「石を投げれば弁護士に当たる」
「近所で火事が起きたら、消防士よりまず弁護士に連絡」
どちらもアメリカらしさを表す言葉だ。
日本の地方裁判所での第一審受理件数は年間15万件ほどだが、アメリカは1,800万件超。いつどこで誰から訴えられるかわからないので、とにかく責任を認めない国民性が育まれている。
アメリカの弁護士は、交通事故を起こしても絶対に謝るなと指導する。
日本人なら、「すみません!」から話がはじまるところだが、アメリカでそれを言うと、その後の裁判で不利な証拠として採用されてしまうのだ。
野球のメジャーリーグでも、投手がデッドボールを当てた時、打者に対して謝ることはない。日本人は帽子に手をやるなどの仕草で気持ちを示すが、アメリカでそれをやると、「きわどい投球が当たってしまった」ではなく、「わざと当てた。加害行為でした」という意味になり、バッシングされることがあるのだ。
思わずぺこりとしてしまう日本人投手は、これまで何人もバッシングを浴びてきた。だが、大谷翔平だけは例外で、デッドボールを謝って、相手チームを「日本の文化はなんて礼儀正しく、素晴らしいんだ!」と感激させてしまった。アメリカ人に日本の文化をわからせてしまう大谷の威力はすごい。
ちょっとは「すみません」と言えるようする法律は効果を発したか
アメリカの「やらかしても謝るな」は、訴訟大国であるがゆえの文化だが、そのために、トラブルが起きた際に双方の関係がギスギスして、よけいに訴訟が増えてしまうという悪循環も起きている。
特に、医療過誤訴訟の件数があまりに多く、これを回避するための法律まで生まれた。医師が、患者や遺族に対して気の毒に思って「I’m sorry」と発言しても、それが法的な責任を認める証拠としては採用されないという特別法・通称「アイムソーリー法」だ。
2000年ごろから38の州で制定されたこの法律によって、医師が安心して被害者に共感し、無念の思いを表明できるようになり、患者や遺族も、不信感や怒りが和らぐので訴訟に至る可能性が減る……とされているが、実際のところ、そこまで効果を発揮しているものでもないらしい。
そもそも、医療訴訟が多いのは、アメリカに公的医療保険制度がなく、救急車に20万円、盲腸の手術に600万円と医療費が異常に高いからだ。
さらに、日本人の「訴訟」は、話し合いや再三の注意で解決できない場合の最終手段という感覚だが、アメリカ人はまず訴訟からはじめる。「では話し合いましょうか、法廷で」という感覚なのである。
そう考えてみると、自分がまき散らした女性皇族侮辱発言をネット上で揶揄されて、とたんに「訴えるぞ」と言い出す男系カルトの著名人などは、「日本の伝統」を叫びながら、本人は非常に見事にアメリカナイズされていると言うこともできるだろう。
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三重県鈴鹿市で隣人が隣人を訴えた裁判の結末
日本は、弁護士の数は年々増えているものの、地方裁判所が受理する民事訴訟の件数は増えていない。平成21年前後は少し多かったが、これは法律事務所がこぞって「過払い金返還請求」で儲けていた時期で、いまは元の水準にもどり、先進国では圧倒的に少ない。
弁護士界や「契約」が前提の経済界から見ると、「日本は裁判へのハードルが高く、泣き寝入りが多い」という解釈になるようで、新聞もそのように報じている。
だが、制度としては導入されていても、「裁判を受ける権利」という感覚そのものが、日本の庶民に馴染まないことが最大の理由ではないかと思う。
欧米は、事件や事故だけでなく、「隣人訴訟」も非常に多い。
となり近所、職場、友人、家族間でも、ケンカ代わりに訴訟を起こすのだが、日本でそれをすると非難の的になる。
昭和52年に、三重県鈴鹿市で隣人が隣人を訴える事件があった。
A家とB家は仲が良く、日ごろから子供たちがお互いの家を行き来していた。ある日、買い物に出かけようとしたAさんが、Bさん宅へ3歳の子供を迎えに行ったが、子供どうし遊びたがって帰りたがらなかった。Bさん夫妻が「うちで遊ばせておけばいい」と言ったので、AさんはBさん宅に預けて出かけることにした。すると、Bさん夫妻が仕事で目を離した隙に、子供たちが近くのため池へ遊びに行き、Aさんの子供が溺れて死んでしまったのだ。
Aさんは、子供を預けたBさん夫妻を訴えた。
一審の地裁は、Bさん夫妻の責任を一部認めて損害賠償の支払いを命じ、Bさん夫妻は控訴となった。
ところが、この判決がマスコミで報じられると、Aさん宅には「隣人の恩を仇で返すつもりか」など非難の手紙や嫌がらせの電話が殺到。これに耐えかねたAさん夫妻は訴えを取り下げた。
すると、今度は、当初は激励されていたBさん夫妻が、控訴したことに対して非難を浴び、こちらも訴えを取り下げた。Bさん夫妻は電気工事店を営んでいたが、その後、一切仕事が入らなくなったという。
マスコミが煽ったことが原因だろうし、そんな嫌がらせをするなよと思うが、当時は、近所に子供を預けて用事を済ませるということが当たり前に行われていた「お互い様」の共同体が残っていた時代でもあった。まさにこの年に、事件の起きた三重県に生まれた私も、日常的に子供だけで近所の家を回遊していたのを思い出す。
すると、その中で起きた痛ましい事故に対して「Aさんが訴訟を起こすのは当然の権利だし、Bさんが応戦するのも当然の権利だ」とは思えず、「え?世話になっていた隣の人を裁判所に突き出す?自分が気軽に預けてしまったことを悔やむのではなくて?」という当時の「世間の常識」の感覚で、この事件に疑問符をつけた人は多かっただろうと思う。
友人だろうと家族だろうと、自分に責任があろうと、犯罪者であろうとおかまいなしで「とりあえず、訴訟起こしてから自分の言いたいことを主張する」アメリカ人の権利意識と、「お互いに常識的に話し合いましょうよ、変にこじれないように」と納めることを考える日本人。
同じ民主主義の国でも、裁判制度への感覚1つ見ても、これほど大きく違いがあるのだ。
――(メルマガ『小林よしのりライジング』2024年9月3日号より一部抜粋・敬称略。続きはメルマガ登録の上お楽しみください)
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