2024年夏の日本を見舞った「令和の米騒動」は、新米が流通しはじめたことで一旦の収束をみた。だが米国在住作家の冷泉彰彦氏は、このコメ不足は“猛暑”や“外国人観光客増加”が原因ではなく、来年は今年以上のパニックになる恐れがあると指摘する。抜本的解決策としては、アメリカ流の「コメ大量生産」「大規模米作」が有力だが、それにはわが国として絶対に譲れない条件があるという。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:令和米騒動と日米関係を考える
「まったく新しい動き」としての令和6年米騒動
本来の米騒動というのは、大正時代の1918年の話です。このときは、米価が急に倍以上になったことで、怒った都市の民衆が、全国で暴動に走りました。暴動というのは、具体的には最初は平和的なデモなどだったのが、米屋や米問屋に押しかけて「困窮者への寄付を強要」し、さらには「打ちこわし」といって、米倉を襲うなどの事態に発展したのです。
この1918年の状況と比較しますと、現在の日本の消費者は暴力に走ることなくひたすら我慢している点が違います。この点は非常に大切です。
1918年の事件を「民衆が革命へと目覚めた」などと持ち上げる向きが、当時も今もありますが、結果的には途上国であった日本の政府は、民衆のメッセージを前向きには受け止めませんでした。暴力には暴力で対抗する中で、やがて修正資本主義や福祉国家まで否定する「持続不可能な独裁」に陥り「戦時経済から国家の喪失」へと走ってしまったからです。
ですがこの夏から秋の状況も深刻でした。日本では明らかにコメ不足が起きたのです。考えてみれば、こんな状況は、本当に新しい動きです。
というのは、長い間、日本ではコメは余るという状況が続いてきたからです。食文化の欧米化が進み、ラーメンにうどん、パスタなどの麺類やパンによる小麦の消費が増え、反対にコメの消費が減っていったからです。
「コメ余り」一転、強烈な巻き戻しへ
その一方で、1970年代初頭には秋田県の旧八郎潟の干拓など、新たに水田を増やす政策などもあり、チグハグな動きとなっていました。一方で、特に日米の間では日本の貿易黒字が問題になり、アメリカから日本へはコメの輸入を拡大するような要請が続いたわけです。そんな中で、とにかくコメの過剰在庫は大きな問題であり、農水省は「減反政策」といって、コメ作りを止めると補助金を出し続けたのでした。
例えばですが、貿易摩擦に端を発する日米合意によるアメリカから日本への米の輸入枠は、しっかり履行されて日本からアメリカにカネは払われていました。ですが、日本では「安い米国米が流通」するようでは米価が下がってしまいます。ですから、高い金を払って貿易不均衡是正のために輸入した米国の米は「事故米」といって、とても人間の食べるクオリティでは「ないことにされ」て、ノリ(糊)の原料(という建前、実際はそうでもないらしいです)になっていました。
そうした流れが、ここへ来て全く反対の動きとなっているわけです。コメの収穫は秋なので、その直前にあたる夏の終わりは前年度の収穫を消費する中で、在庫が尽きていく時期となります。よく言う「端境期(はざかいき)」です。今年の場合は、まさにこの時点でコメが足りなくなったわけです。首都圏などではスーパーの店頭からコメが消えたり、一家族一袋限りという限定販売がされたりしていました。
また、比較的コメの流通量が多い県には、買い出し客が殺到しているというニュースもありましたし、農家には今年の新米を予約しようと問い合わせが増えていたそうです。まるで戦後の食糧難に際して、消費者が農村に買い出しに行ったみたいな話です。また、比較的在庫管理の徹底していた沖縄県では、端境期の需給が調整されていて、「ちゃんとスーパーに米がある」ということがSNSなどで拡散されると、本土からの観光客による買い占めが起きたりしました。
呆れた話としては、コメ泥棒の横行という問題があります。関西では米農家が出荷準備をしている米を、それこそトン単位で盗まれるという事件が頻発しています。犯人像については、イヤな話ですが「同業者が盗品を上乗せして出荷」などというケースもあるそうです。また、ネットで取引されている「即納品可能」なコメというのも、一部には盗品が混じっているそうです。
2025年(令和7年)夏は、コメ不足がさらに深刻化の恐れも
現在は、新米が流通し始めたことで一息ついているのは事実です。ですが、この秋に収穫されたコメは、通常の年であれば、今年の秋から来年の夏までに消費される米です。ということは、新米が出たからといってジャンジャン売れている現状というのは、12月以降に食べる分を、先行して食べてしてしまっているとも言えます。となると、来年の8月になると、同様、あるいはもっと深刻な事態が生じるかもしれないのです。
猛暑でも外国人観光客でもない、コメ不足「真の原因」
さて、原因としては、とりあえず昨年(2023年)が猛暑のためコメの収穫が不良だったということと、外国人観光客が大量のコメを消費したからという説明がされていました。
ですが、昨年以上の猛暑である今年のコメは順調だそうですから、猛暑による不作というストーリーはマユツバです。外国人のせいというのは、もっと怪しい話です。外国人観光客は寿司は食べても朝昼晩続けて米は食べません。まして、オカズとご飯を「三角食べ」などという習慣はないし、食堂で「大盛りライス」とか、町中華で「大盛りチャーハン」を食べたりはしません。
ですから、外国人観光客の需要というのは、仮に多少はあっても数字的にはその影響は限定的と見るべきです。
一方で、確かに、ここ数年、政府と全農はブランド米の輸出を強化しているのは事実で、足りないのに「うっかり多めに輸出に回してしまった」という要素はあるかもしれません。
とにかく猛暑だとか外国人というのは怪しい説明で、何度もお話しているようにコメ不足の本当の原因は、高齢農家の後継者不足により耕作放棄が加速している問題が非常に大きいのです。日本での米作りがどんどん細っているのです。
耕作放棄の原因としては高齢化だけでなく、鳥獣被害の深刻化なども挙げられているわけですが、これも構造的には同じことです。
要するに農業地帯での人と自然の力関係が逆転しつつあるわけです。ここに至った原因としては、高齢の小規模兼業農家が頑張っていたために、その利害を守ることばかりが国の政策となり、その結果として農業経営の改革が遅れたことが指摘できます。
この点に関しては、最新の動きとして「米農家の経営破綻」という別の社会問題も出てきています。人材難の中でも、何とか頑張っているコメ農家が経営に行き詰まるケースが出ているというのです。輸出ブームとコメ不足というトレンドは農家には追い風であるはずなのに、どうして経営破綻に追い込まれるのかというと、肥料の高騰だとか、機械化コストが重くて潰れるのだというのですから、何とも言いようがありません。
日本は「米の大規模・大量生産」に舵を切ることになる
いずれにしても、このコメ作りの苦境というのは、農政改革が遅れに遅れたための結果だと言えます。全農の既得権益重視がまずあり、肥料や農機具の価格問題はここに原因があります。
また農家のカネを預かっている農林中金が国内農業には投資せず、海外の債券に投資するファンドのようなことをやって大損を出し、現在この決算期において「経営危機」に直面しているという問題もあります。
とにかく、既得権者が高齢化で産業から去っていくまで、絶対に改革をしないという鉄の原則を守ってきたのが日本です。
その結果、一世代という時間をじっくりかけて先進国から途上国(衰退途上国)に転落したわけですが、農政もまたその例と言えます。
では、これから日本のコメはどうなっていくのでしょうか。もうこれ以上は、小規模農業を維持して、再生産されない形で税金をそこに突っ込んでいくという虚しい循環はなくなると思います。その一方で、増えていく耕作放棄地を放置すると、生態系が崩壊して国土が荒廃します。
ですから、耕作放棄地をまとめて、大規模な米づくりを展開するということが何よりも必要です。制度的な抵抗勢力は、かなりの部分が退場しました。
その一方で、ジャポニカ米(短粒米)の粘りのある食味については、寿司ブームが牽引して全世界で需要が激増しています。
ですから、問題の答えは明らかなのです。日本という短粒米の生産に最も適した気候の条件下、質の良いジャポニカ米(短粒米)の良い種子を使って「米の大量生産」を行えばいいのです。どんどん増える耕作放棄地をまとめて、ちゃんとした株式会社組織にして大規模米作をやればいいのです。
消費者が知らない、アメリカの大規模米作と「事故米」の関係
さて、ここで大規模米作ということで言えば、何と言ってもカリフォルニア米のことが思い起こされます。カリフォルニア米というと、何となくメキシコ系などが「粒の長いパラパラ米」を作っているとか、せいぜい中国系だろうと思っている方が多いのかもしれませんが、実は違います。
カリフォルニアにおける米作をリードしているのは日系人で、具体的には2つの農場(農業企業)であり、代表的なものとしては2つのファミリーに絞られます。1つは、国府田(こうだ)ファームです。福島県出身の日系1世である国府田敬三郎氏(1882~1964)が創業者で、製品名は「国宝ローズ」です。
この農場はカリフォルニアという「高温で乾燥」している風土の中で、ジャポニカ米の大量生産を行うには「純粋な短粒米では無理」だと判断しました。そこで、長いパラパラ米(長粒米)とジャポニカ米(短粒米)をかけ合わせた中粒米(ミディアム・グレーン)を開発したのです。これが「国宝ローズ」でした。この「国宝ローズ」には黄色のノーマルと、赤のプレミアムがあります。確かに見た目は短粒米より長いですが、浸水をしっかりやればジャポニカ米に近い食味が得られることで日系社会、そして全米で信頼を勝ち得たのでした。
この国府田ファームで修行した中に、田牧一郎氏(1952~)という方がいます。田牧氏は「コシヒカリ」をベースとした短粒米を、大規模米作に向くように品種改良したばかりか、非常に近代的な機械化、自動化を通じた緻密なコスト計算を積み上げました。その結果が「田牧ゴールド」であり、全米でトップの評価があります。
この銘柄は、長年15ポンド(7キロ)で25ドル程度だったのが、2015年ぐらいから30ドル~35ドルという価格水準を維持しています。とにかく評価が高く、値崩れしないのです。食味は、ほとんど日本国内のブランド米と同等です。アメリカの場合は精米時期を表示しなくてもいいので、恐らく精米後8ヶ月前後のものが流通していると思われますが、それでこのクオリティというのは、相当な工夫があるとしか思えません。
いずれにしても、長年にわたって外務省と農水省が「ああでもない、こうでもない」とアメリカからの米の輸入に抵抗していました。そして、最後は入れたとしても「事故米扱い」していたのは、実は国府田ファームや田牧ファームの製品や、それとほぼ同品質の米だった可能性が高いわけです。(事故米の正体については、これも建前としては、ベトナム米とか中国米ということになっていますが、カリフォルニア米も可能性が高いです)
実は、この「事故米」はコッソリ炊いて食べてみたら「美味い」ということがバレてしまったのでした。そこで、多くの外食産業などが「コッソリ」とこの「産業原料にしか使ってはいけない」はずの「事故米」をヤミで買い付けて消費者の口に入るようにしていたという事件もありました。密告があるまでバレなかったというのは、むしろ当然と言えます。国府田、田牧クオリティの製品(もしくはそのライバルたち)のものである可能性があるからです。この「事故米横流し」事件は、2008年の事件ですが、その真相は今となっては藪の中です。
コメ価格が5キロ20ドル(2800~3500円)で高止まりする理由
さて、そんなコメ、特に日本食向けのジャポニカ米に取って、大量生産をやるにあたっての問題はノウハウです。機械化の進め方をはじめ日本は大規模な米づくりの技術や経験が乏しいのです。
ちなみに、田牧一郎氏が日本の実情を視察した際には驚愕したというエピソードが伝えられています。「ここまで小規模なのに、新品の高価な機器を入れている」というのです。「自分たちは古い機械を修理してフル稼働させて利益を出している」わけで、大きな違いというのです。
そんな中で、その田牧一郎氏の田牧ファームは、現在、技術指導を兼ねて茨城県に進出しています。すでに「コシヒカリ」から収穫量を15%増しとした改良品種を使って、味の優れた短粒米を生産しています。
ブランド名は、茨城の名前を冠した「茨米(うばらまい)」で、世界へ輸出を始めており、アメリカでもかなり出回っています。ハッキリ言って好評であり、中華系、韓国系スーパーなどでも相当に出足はいいです。
この「茨米」の動きと並行して、世界では短粒米の流通については、やや小さめの一袋5キロ(11ポンド)の単位が定着しつつあるようです。そこに、この「茨米」だけでなく、日本発の様々なブランド米も追随して世界中で流通し始めています。価格も、だいたい5キロで米ドルで20ドルから25ドル前後で安定してきています。この価格は日本円に換算すると2800円から3500円前後ということになります。
今回のコメ不足による価格高騰で、日本国内でもブランド米の価格は5キロで3千円というレベルになってきていますから、日本から見た内外価格差は解消しつつあるとも言えます。
仮に、全く仮の話として、田牧氏の「茨米」プロジェクトが成功したとします。田牧氏によれば、ドローンでの監視、自動化された肥料や農薬の投入、稼働率を高めた効率的な農機具の使用など、徹底したノウハウ移植をしないと、高利益体質にはならないそうです。ですが、とにかく規制緩和などができて、成功したとします。
実は、田牧氏のプロジェクトには、日本政府、コマツ、JFE(川鉄+鋼管)なども深く関わっているようで、今更感はあるものの、オールジャパンで支援しているという面もあるようです。
その場合でも、全世界で現在の強い需要が徐々に拡大するようですと、5キロ20ドルという相場は崩れないでしょう。その上で、「茨米」のプロジェクトを追って、今は日系人である田牧氏だけでなく、民族資本でしっかり「短粒米の日本における大規模営農」を成功させるファームが出てくればいいと思います。日本の農業にとっても、そして何よりも日本のGDPにとってプラスだからです。
外食も内食も崩壊。庶民が日本米を食べられなくなる恐れ
その一方で深刻なのは、このまま進むと日本国内の日々の需要、つまり家庭用や、外食チェーン、あるいはコンビニ弁当などに必要な廉価なブレンド米などが、消えてしまうということです。
言い方を変えれば、5キロ20ドルという水準では、現時点では日本のデイリーの外食も内食も崩壊してしまうということです。すでに多くの自治体では給食では米飯は無理だとして、パンや麺類に戻す動きが出ています。
その先に見えてくるものですが、外食にしても、コンビニあるいは家庭内などで消費される、国内向けの廉価な米が日本の短粒米(ジャポニカ米)ではなくなるという暗黒の未来も可能性としてはあります。
例えばですが、日本の国内流通において、普及品はタイやアーカンソー(アメリカ南部)などで大量生産される長粒米になってしまうという可能性です。すでに外食関係者からは、長粒米でも仕方がないという声は出始めているようです。
私は経済合理性の合理性を信ずる人間です。そのコストを払う意識もなく、経済合理性に逆らって「新自由主義反対」などを唱えるグループには反対します。
そうなのですが、日本の家庭の食卓で、あるいはコンビニの「おにぎり」や「太巻き」が、あるいは牛丼チェーンや定食屋で「長粒米」というのは、認めたくありません。
日本の「国柄」を守れという議論には、まず疑ってかかる習性がある私ですが、日本の食生活や食文化において「短粒米は高いので長粒米」というのは、これは容易に認めるわけにはいきません。
これは、相撲の力士の頭が五分刈りになったり、歌舞伎のお囃子が録音になるどころの話ではないと思います。もっと激しいインパクトのある話であり、やはり冗談ではないと思うのです。
いや、変わったら変わったで「慣れるかも」しれないのが人間ですが、そもそも「変えてしまって慣れれば結果オーライ」という話では、これは済みません。
「中粒米の自国大量生産」こそが日本の食を救う
さて、かなりディストピア的な未来が待っているわけですが、問題はこれをどうやって回避するかです。明らかに食味は短粒米であり、日本のコメである、そして日本の食文化に合致する安いコメが必要です。
とにかく「5キロ20ドルよりはかなり安い」という条件のコメを、今後も大量に供給するにはどうしたらいいのか、これは大問題です。
仮に開発できても、「5キロ20ドルの国際市場から見て、十分に美味い」ということがバレてしまったら、結局は5キロ20ドルになってしまいます。そうなると、国内の購買力では買い負けてしまいます。
そこで考えられるのが、国府田ファームの戦法です。つまり「短粒米だと買い負ける」ので、国府田ファームが一時期大成功した「中粒米」をどこかで大量生産して、安く国内で使ってもらうのです。
海外の日本米への需要は旺盛ですが、要するに「日本食ブームに幻惑されて購買力があるばかりにブランド志向にのめり込んでいる」だけです。もしかしたら、本当の食味を分かって買っているのでは「ない」可能性が強いです。だとしたら、彼らは中粒米に関しては、5キロ20ドルで札ビラを切ることはしないかもしれません。その場合は、そこで日本市場として5キロ10ドルの中粒米を抑えるという可能性が出てきます。
少なくとも、タイ米、米国南部米の「長粒米」と比べて、中粒米は日本の食文化に馴染みます。といいますか、コンビニ、牛丼、ファミレスなどの産業では、すでにコッソリとブレンドを始めている可能性もあります。とにかく、コメの国際市場が変動する中で、日本のコメ作りをどうしてゆくのか、廉価な日本向けコメをどう確保してゆくのか、この問題には従来の常識は通用しそうにありません。
改革ができなかった産業がどう潰れていくのか、グローバル化に成功した部分はそうして国内を置き去りにするのか、日本の「長く終わらない敗北」のストーリーがここにもあります。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年9月24日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「テイラーのハリス支持は選挙戦へ与える影響軽微」「解雇規制の解除、成功の条件」「マークシート、勘で記入するのは不正?」「JEJ追悼、巨大な穴のような喪失感」もすぐ読めます
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