10月27日に投開票が行われた衆院選で、萩生田光一氏への「刺客」として立候補し真っ向勝負を展開したジャーナリストの有田芳生さん。残念ながら選挙区では敗れましたが比例復活で当選、およそ2年ぶりに国政への復帰を果たしました。そんな有田さんは自身のメルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』で、与党の過半数割れで「宙吊り議会」となった衆議院の今後の展開等を考察。さらに来年7月の参院選が我が国にとって歴史的な意味を持つ理由を解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:日本政治の漂流時代と「宙吊り議会」/日本政治の「大きな変化」と国会の現場
15年ぶりに与党が衆院過半数割れ。長引きかねない日本政治の漂流時代
第50回衆議院選挙の結果は、15年ぶりに与党が過半数割れをした。そのため「宙吊り国会」(ハング・パーラメント hung parliament)が生まれた。議会制民主主義にあって、どの政党も過半数を確保できないため、与党は予算案も法案も独自には成立させられない。
議席を4倍の28議席に躍進した国民民主党が、「103万円の壁」(所得税の課税最低限。所得税の基礎控除最低額48万円、給与所得控除最低額55万円を合わせた103万円。年間の所得が103万円以下なら所得税は課税されない)を改めて178万円に引き上げることを提案している。その根拠は1995年から最低賃金が1.73倍に増えているからだ。
日本社会で物価高が続く以上は、所得税の課税最低限を引き上げることに問題はない。ただし物価上昇以上の75万円を引き上げるには、政府の試算によっても財源が7.6兆円必要になる。所得税の自然増では足りないため、どこから補填するのか。自民党、公明党に加えて国民民主党の交渉で、課税最低限がどこまで引き上げられるのかが注目される。
与党でも野党でもなく「ゆ党」と揶揄されてきた国民民主党を、自民党は連立に加わらせたいと陰に陽に働きかけてきた。しかし国民民主党は与党化するわけにはいかなくなった。2025年夏には参議院選挙と東京都議選が控えているからだ。政党の戦略として政策で与党から譲歩を引き出す方針で進むだろう。
問題は立憲民主党をふくむ野党の姿勢だ。たとえ国民民主党に与党化志向があるにしても、同党に対する批判を主眼においては、「悪さ加減の選択」(丸山眞男)を誤ることになる。長い政治史から見れば、自民党が野党を取り込む手法に長けているが、野党第一党の立場からすれば、参院選での勝利を前提とした次期総選挙を政権交代の山場とするためには、あらゆる可能性を排除してはならない。
立憲民主党は総選挙で50議席を増やして、149議席となった。「宙吊り国会」の成果として与党が立憲民主党に予算委員会の委員長を譲ったことは注目に値する。これまで予算委員会でも常任委員会でも与党が委員長職を務めていたときには、徹底審議を拒否することはもちろん、強行採決も意思があればいつでもできた。これからは熟議が求められることになる。
来年7月の参議院選挙の結果によって、次の総選挙は政権交代を争うことになる。その条件は参議院で「ねじれ」を作ることだ。私も民主党政権時代後期の2013年に経験したが、参議院で与野党が逆転すれば、衆議院の優越性で予算などは成立したが、閣僚の問責決議などが頻繁に提出され、審議は荒れに荒れた。その延長としての自民党政権への復帰だった。
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来夏の参院選で大きく勝つには課題が多すぎる立憲民主党
ただし現状では自民党が118議席(改選51)、公明党が27議席(改選14)で合計で145議席。立憲民主党は社民党と会派を組んでも40議席(改選22、社民党1、無所属1)だ。維新の会が23議席(改選6)、国民民主党は13議席(改選5)、共産党が11議席(改選7)。野党の議席数はともあれ、与党と野党第一党の議席数は離れすぎている。
2024年秋の総選挙で立憲民主党が議席数で躍進したとはいえ、その基盤は脆弱だ。前回に比べて比例区ではわずか7万票を増やしたに過ぎず、小選挙区では147万票を減らしている。この事実から出発したとき、25年参議院選挙で大きく勝つには課題が多すぎる。
国民民主党はなぜ議席を4倍化できたのか。SNSを重視したというが「手取りを増やす」といった細切れ宣伝が若い世代の支持を得ることができたのか。公明党、共産党という伝統的組織政党はなぜ伸びずに敗北したのか。野党には、与党もそうだが、旧来の「あり方」を再検討する時間はあまりにも少ない。
国会で生まれている「大きな変化」
衆議院は参議院とかなり違う。まず議員の数が2倍ほど多く465人。参議院は248人だ。したがって議場が広い。
初日には首班指名選挙が行われた。第1回投票で過半数を獲得した議員がいなかったので決戦投票は、石破茂議員と野田佳彦議員の選択だった。結果は2人の名前を書かなかった無効票が84で、石破茂総理が誕生した。
もし「野党」全体が「野田佳彦」と書いていたなら政権交代が実現していた。議場では「もしかしたら」などの声も聞かれたが、そんな淡い希望はすぐ吹き飛んでしまった。
かりに野田佳彦首相が誕生したとしても、参議院では圧倒的に与党が多いから、予算でも法案でも相当の混乱が生まれることが明らかだ。そして早晩内閣は崩壊しただろう。
この与党の過半数割れ国会の意味は、政治的にいえば、2025年の参議院選挙がこれからの日本政治にとって決定的な方向性を規定することだ。政治学者の御厨貴さんは
実は、自民党は結党以来、このような少数与党政権を経験したことはないんです。
内閣不信任案がいつ可決してもおかしくない、という緊張感のある国会の状況は誰も経験していません。
と語り、「少数与党時代の新秩序」をこう位置付けている。
私には1955年の自由党と日本民主党の「保守合同」によって自民党が結党した時以来となる、日本政治の大きな変化の時を迎えていると思われてなりません。
(『朝日新聞』11月12日付け)
たしかに国会では「大きな変化」が生まれている。予算委員長、法務委員長、憲法審査会会長などを立憲民主党が担当することになった。これまで予算案は自民党の委員長によって、裁決が強行されたこともしばしばだったが、それはできなくなった。
憲法審査会でも改正草案に向けた強引な開催もできないだろう。さらには国際的に注目されている選択的夫婦別姓についても、野党の法務委員長のもとで、25年の通常国会最大の争点に浮上する可能性が高い。
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抵抗勢力により法務委員会に埋め込まれた「地雷」
しかしそこには抵抗勢力による「地雷」がすでに埋め込まれている。衆議院の法務委員会は、委員長を除いて委員は34人だ。じつは自民党はひとりの委員を日本保守党に譲った。これは思想的に違和感がない。
ところが、れいわが参政党に委員を譲っている。いかなる理由かは不明だが、選択的夫婦別姓に反対の方針を取る参政党が委員である以上、法案審議と採択において、じつに微妙な役割を果たすだろう。
御厨貴さんが喝破したように、臨時国会から通常国会に向けて、状況によってはいつでも内閣不信任案が可決される緊張感ある国会運営が行われていく。メディアや政界では25年7月参院選に合わせて衆院選も行われるとの観測もなされている。
だがそうはならないだろう。与党からすれば一気に政権交代の可能性が高まるからだ。裏金議員は今後の国会で政治倫理審査会への出席が問われるし、検察審査会の動きもある。
同時選挙になれば、確実に投票率が上がるため、一般的には野党に有利となる。したがって与党は参議院選挙の「1人区」で勝つために注力するだろう。野党が一騎打ちの構図を作れなければ全敗することさえありうる。そうなれば衆議院と参議院の勢力図は大きく変わらず、日本政治の漂流が長引くことになる。
国民のための政策実現を基本としながら、安定した政権を築くためにも、8か月後に必ず行われる参議院選挙は、文字通り歴史的な意味を持っているのだ。
(本記事は有料メルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』2024年11月8日号・15日号の一部抜粋です。続きをお読みになりたい方は、初月無料の定期購読にご登録の上お楽しみください。このほか、1ヶ月単位でバックナンバーもご購入いただけます)
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