77歳で亡くなったフリーアナウンサーの小倉智昭さんは陸上部出身の俊足で、100メートル走のタイムはなんと10秒9。同じ陸上部出身で芸能記者歴30年のベテランジャーナリスト・芋澤貞雄さんは、小倉さんがまだ元気だった頃に、「じゃあどっちが早いか、今から走ってみる?」と勝負をもちかけられたことがあると回想します。素顔の小倉さんは記者からみても、とても負けず嫌いでとてもダンディな人物でした。
根っからの負けず嫌い。小倉さんと陸上の話
小倉智昭さんが9日、膀胱がんで亡くなりました。享年77歳。
たて続けの訃報に、報道番組の映像を見るのが辛いぐらいです…。
もう遥か昔の話ですが、小倉さんとは某所の、某イベントで御一緒させていただき、陸上競技の話で大いに盛り上がったことを鮮明に憶えています。
小倉さんの「中大附属高校時代に、100メートルを10秒9で走った」という照れ臭そうな笑顔とともに。
専門競技は棒高跳びでしたが、私も高校時代は陸上部に所属していました。
100メートルでも小倉さんのベスト・タイムに近い記録を公認大会で出していることを告げると「どれぐらい? いくつで走ったのよ…」と、盛んに聞かれたことが印象に残っています。
私が「いやいや…もちろん小倉さんにはかないませんよ」と言うと、「じゃあどっちが早いか、今から走ってみる?」とおっしゃられた時は、本当に驚いてしまいました。
根っからのアスリートというか、負けず嫌いなんでしょうね…。
日本中が注目した小倉さんとカツラの話
小倉さんといえば御病気もあり、頭髪を大変気にされていたことを思い出します。
私が週刊誌記者だった頃、担当デスクに会議室に呼び出され「本人に地毛なのかカツラなのか直撃してきてよ。できれば髪の毛を引っ張ってみせる写真も撮って…」と特命を受けた時には、椅子から転げ落ちそうになったものでした。
その頃はまだ“疑惑”の域を出ておらず、小倉さんが人気MCだったこともあり、読者からアンケートの質問が大変多かったことからそんな企画が持ち上がったのですが、結局、さすがに実行には至りませんでした。
でもその数年後、御本人が『週刊文春』のインタビュー企画や、講演会などでカミングアウトされ、2016年に膀胱がんを公表されてからは特に、抗がん剤の影響なのか、変化する頭のサイズに合うカツラを探されるのに苦労したことを聞いていました。
ダンディに『マイ・ウェイ』を熱唱するために、どうしても譲れなかった“男の美学”だったのかもしれません。
【関連】小倉智昭さん死去に元パソコン少年が抱く想いとは?「パソコンサンデーのオグラさん、どうか安らかに…」とくダネ!しのぐ昭和の名番組