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フジ中居問題の根本原因か。権力集中による人権侵害と意思決定の不透明性を温存するテレビ局の大問題

ネットメディアやSNSの台頭により以前ほどの絶対性は薄まったとはいえ、未だ小さくない権力と影響力を保ち続けるテレビ放送局。そんなキー局の一つで起きた元スマップの中居正広氏を巡る騒動は、「日本のメディア業界が抱える構造的な課題を浮き彫りにした」とジャーナリストの伊東森さんは指摘します。ではその「構造的な課題」とは一体何を指すのでしょうか。今回のメルマガ『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』で伊東さんが、「放送と制作の分離」という面にフォーカスし解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:フジ・中居問題を引き起した日本のテレビ局の根本原因 放送(編成)と制作(コンテンツ開発)の分離がなされず、権力の集中を招き人権侵害が起こる そしてそれはテレビ局の非公共性をおもあぶり出す

あぶり出されたテレビ局の非公共性。フジ中居問題を引き起こした根本的原因とは

フジテレビと中居正広に関する問題は、日本のメディア業界が抱える構造的な課題を浮き彫りにした。その中でも特に、テレビ局における放送(編成)と制作(コンテンツ開発)の分離が徹底されていない現状が、再び注目されている。

2010年の放送法改正では、放送局のハード(送信設備)とソフト(番組制作)部門の分離が基本理念として定められた(*1)。しかし、現実には改革は十分に進んでいない。このような状況下では、放送局内部での権力の集中や意思決定の不透明性が温存される。

他方、イギリスでは「出版型放送」と呼ばれるモデルが導入されている(*2)。このモデルは、基本的に放送局は番組制作を外部の独立プロダクションに委託し、自社は編成や放送業務に専念するというもの。

一方で、日本において制作と放送の分離が進まなかったことは、単なる業界の構造的課題にとどまらず、テレビ局の公共性や多様性をも脅かす要因となっている。

世界には、「パブリック・アクセスチャンネル」と呼ばれる、一般市民が自由に番組を制作し放送できる非商業的なチャンネルが存在する。この制度は、メディアの民主化や表現の多様性を促進するために設けられた、市民参加型の重要なメディアプラットフォームだ。このような取り組みも日本では皆無だ。

2010年11月26日に成立した放送法改正

  • ハード・ソフト分離の導入
    従来のハード・ソフト一致の原則から、ハード・ソフト分離の選択肢が追加
    放送事業者は、ハード(設備)とソフト(番組制作・編集)を一致させるか分離するかを選択できるようになる
  • 基幹放送の区分
    放送は「基幹放送」と「一般放送」に区分
    基幹放送には地上テレビ放送や衛星放送が含まれる
  • 免許と認定の分離
    基幹放送について、無線局の「免許」(ハード)と放送業務の「認定」(ソフト)の手続きが分離。
  • ハード・ソフト分離の意義
    経営の柔軟性向上:事業者の選択肢を増やし、経営の自由度を高めることを目指す
    競争促進:放送設備の所有と番組制作の分離により、新規参入を促進し、競争を活性化させる狙いが
    技術革新への対応:デジタル化やインターネットの普及など、技術の進歩に対応するための制度整備
  • 注意点
    ただし、この改正には以下の点に注意が必要
    完全義務化ではない
    ハード・ソフト分離は選択肢として導入されたが、強制ではない
  • 地上波への影響
    特に地上波テレビ放送では、従来のハード・ソフト一致の形態を維持する選択肢も残された。

記事のポイント

  • 日本のテレビ業界は、放送(編成)と制作(コンテンツ開発)の分離が進んでおらず、垂直統合型モデルによる権力の集中が人権侵害や性加害、労働過多を引き起こすリスクを抱えている。
  • 一方で、イギリスやアメリカでは放送と制作の分離が進んでおり、Fin-Syn Ruleや出版型放送モデルによって、独立系制作会社の成長や番組の多様性が促進されてきた。
  • パブリックアクセスチャンネルは、市民が自由に情報を発信できる場を提供し、メディアの多様性と民主主義の基盤強化に寄与しているが、日本では同様の取り組みがほぼ存在しない。

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構造改革の一つとして長年注目されてきた「放送と制作の分離」

放送と制作の分離(ハード・ソフト分離)は、放送業界における重要な構造改革の一つとして長年注目されている概念である。この分離は、放送局が担う二つの主要な機能、すなわち番組制作(ソフト)と放送設備の運用(ハード)を別々の事業体として管理することを意味する。

この概念が重要視される背景には、放送業界の効率化、競争の促進、技術革新への対応という課題がある。従来の垂直統合型モデルは、新規参入の障壁を高くし、業界の硬直化を招くという問題が指摘されてきた。

日本の放送業界は長年、NHKや民間放送局を中心に垂直統合型の体制を採用してきた。このモデルでは、放送局が番組の企画・制作から編成、送信までのすべてを一手に担うのが一般的であった。

一方、1970年にアメリカで施行されたFin-Syn Rule(金融利益と配給規則)は、とくに米国のテレビ産業に大きな影響を与えた。この規則の主な目的は、テレビネットワークの過度な支配力を抑制し、番組制作の多様性を促進し独立系制作会社の成長を支援するというもの

この規則により、ABCやCBS、NBCといった主要ネットワークは、自社制作番組の放送を制限され、独立系制作会社からコンテンツを調達することが求められた(*3)。Fin-Syn Ruleは1995年に完全撤廃されるも(*4)、その30年間の影響は現在も米国のメディア産業に残っている。

放送局への過度な権力集中。「放送と制作の未分離」のリスク

日本のテレビ業界において、放送と制作の分離が進んでいない現状は、様々なリスクや問題を引き起こしている。この構造的な課題が、人権侵害、性加害、労働過多、そして権力の集中といった深刻な問題につながっていった。

日本のテレビ放送は、その黎明期から放送局が番組制作も担う垂直統合型のモデルを採用してきた。これは、過去、テレビ放送開始当初に映画会社などの協力が得られず、自前で制作せざるを得なかった歴史的経緯に起因する。

この構造は、効率的な番組制作と放送を可能にする一方で、放送局に過度な権力の集中をもたらした。結果として、放送局は番組の企画から制作、編成、放送まで全てを管理する強大な権限を持つことになり、これが様々な問題の温床となっていった。

日本の垂直統合型モデルがもたらす最も深刻な問題の一つが、人権侵害と性加害のリスクの増大だ。放送局内部で全てのプロセスが完結することで、外部からのチェック機能が働きにくくなり、不適切な行為や判断が見過ごされやすい環境が生まれている。

例えば、現在進行中のフジテレビをめぐる事態は、まさにこの構造的問題の表れといえる。放送と制作が分離されていれば、このような不適切な慣行に対して外部からの監視や批判が機能しやすくなり、人権侵害や性加害のリスクを軽減できる可能性があった。

放送と制作の分離が進んでいないことのリスク

  • 人権侵害と性加害のリスク増大:放送局内部で全てのプロセスが完結することで、外部からのチェック機能が働きにくくなり、不適切な行為や判断が見過ごされやすい環境が生まれる
  • 労働環境の悪化:制作現場への過度な要求や無理な締め切りの設定が容易になり、労働過多や長時間労働を引き起こす。
  • 番組の質の低下:視聴者のニーズを把握しないまま番組を制作していることで、視聴者との乖離が起こる。
  • 権力の集中:放送局が番組の企画から放送まで全てを管理することで、多様な視点や意見が排除されやすくなり、放送内容の画一化や偏向のリスクが高まる。
  • 経営の非効率性:送信部門と制作部門が一体化していることで、コストの内訳が不明確となり、経営の効率化を阻害する。
  • 言論の自由への懸念:コンテンツを送信するか否かの判断を放送局が独占的に行うことで、言論が偏重する恐れがある。
  • 国際競争力の低下:海外展開や国際交流に消極的な構造が生まれ、グローバル市場での競争力が低下する。
  • 著作権問題:放送局が著作権を独占的に保持することで、コンテンツの二次利用や海外展開が制限される。
  • 新技術への適応の遅れ:既存の構造を維持しようとするあまり、デジタル化やインターネット配信などの新技術への対応が遅れている。
  • 地方局の経営悪化:キー局による番組供給に依存する構造が、地方局の独自性や経営基盤を弱体化させる。

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自由な立場で情報発信。「パブリックアクセスチャンネル」の意義

世界にはパブリックアクセスチャンネルというものがある。これは、市民が自ら制作した番組を放送する機会を提供する革新的な仕組みとして、1980年代のアメリカで誕生した。この制度は、ケーブルテレビ事業者が地域独占権を得る代わりに、一般市民に番組制作と放送の場を提供することを義務付けたもの。

ただ、パブリックアクセスチャンネルの本質は、メディアの民主化と言論の自由の拡大にある。従来のマスメディアでは取り上げられにくかった地域の課題や少数派の意見を、市民自らが発信できる場を創出することで、多様な視点と表現の機会を保障していく(*5)。

パブリックアクセスチャンネルの意義は、単なる市民の表現の場の提供にとどまらない。この制度は、メディアの多様性を確保し、民主主義の基盤を強化する重要な役割を果たす。従来のマスメディアが、政治的・経済的な利害関係に影響されやすい構造を持つのに対し、パブリックアクセスチャンネルは、そうした制約から比較的自由な立場で情報発信ができる(*6)。

コンテンツと放送の分離モデルは、近年のデジタル技術の発展とインターネットの普及により、さらに進化している。例えば、YouTubeのような動画共有プラットフォームは、パブリックアクセスチャンネルの理念を現代的に発展させたものとも見ることができる。

パブリックアクセスチャンネルとは?

定義:一般市民が自由に番組を制作・放送できる公共チャンネル
目的:メディアの民主化と多様な意見の表現を促進
運営:通常、地方自治体やNPOなどが管理
特徴

  • 商業的な制約を受けない
  • 低予算で制作可能
  • 地域に密着した情報を提供
  • マイノリティの声を反映しやすい

歴史:1970年代にアメリカで始まり、各国に広がる
法的根拠:多くの国で法律や条例により設置が義務付けられている
資金源:ケーブルテレビ会社からの拠出金や公的資金など
課題

  • 視聴者数の確保
  • 制作技術の向上
  • 持続可能な運営モデルの構築

日本での状況:一部の地域で実験的に導入されているが、全国的な普及には至っていない
デジタル時代の展開:インターネット配信との連携や、ソーシャルメディアの活用が進んでいる

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引用・参考文献

(*1)鈴木秀美「新放送法における放送の自由─通販番組問題を中心として─

(*2)「公共メディアの先駆者を目指すイギリス」第26回JAMCOオンライン国際シンポジウム

(*3)「How Monopolies are Making TV Worse」PROMARKET 2023年11月10日

(*4)「Television in the United States」Britannica

(*5)「パブリック・アクセスの意味・解説 」Weblio辞書

(*6)「市民のメディア参加-パブリック・アクセスを考える-」立命館産業社会論集 2000年3月

(『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』2025年2月9日号より一部抜粋・文中一部敬称略)

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image by: Sean Pavone / Shutterstock.com

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伊東 森(いとう・しん): ジャーナリスト。物書き歴11年。精神疾患歴23年。「新しい社会をデザインする」をテーマに情報発信。 1984年1月28日生まれ。幼少期を福岡県三潴郡大木町で過ごす。小学校時代から、福岡県大川市に居住。高校時代から、福岡市へ転居。 高校時代から、うつ病を発症。うつ病のなか、高校、予備校を経て東洋大学社会学部社会学科へ2006年に入学。2010年卒業。その後、病気療養をしつつ、様々なWEB記事を執筆。大学時代の専攻は、メディア学、スポーツ社会学。2021年より、ジャーナリストとして本格的に活動。

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