トランプ政権の政府効率化省(DOGE)トップに就任し、リストラの大ナタを振るいはじめたイーロン・マスク氏。ただ、近年のマスク氏はナチス賛美とも受け取られかねない言動が目立つ。米国にとって重要なユダヤ資本や、イスラエルとの関係悪化を招く恐れもありそうだ。9.11テロで世界貿易センター(WTC)から命からがら脱出した経験があり、米国の政治経済に明るいエコノミストの斎藤満氏が解説する。(メルマガ『マンさんの経済あらかると』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:トランプ政権にイロン・リスク
プロフィール:斎藤満(さいとう・みつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
トランプ政権に「イロン(異論)・リスク」
民間人ながらトランプ政権で大きな影響力を持つイーロン・マスク氏。早速政府効率化省(DOGE)の共同トップとして活躍、連邦政府職員4万人を早期退職させました。一部メディアは「イーロン・マスク大統領」と揶揄するものまで見られます。
その一方でドイツの極右政党AfDを支持すると公言し、欧州首脳を無能者扱いして強い反発を呼んでいます。
欧州ではすでにテスラの販売が大きく落ち込んでいます。米国内でも選挙で選ばれていない民間人が出過ぎた行為をしていると「異論」がでて、トランプ政権の大きな「リスク」になるとの声が上がり始めています。トランプ政権の「イロン(異論)・リスク」をチェックしてみましょう。
欧州との対立増幅
トランプ大統領は貿易面でドイツの対米黒字が大きいこともあり、通商政策で欧州と対立しています。関税についても「米国にひどいことをしている」欧州には20%の関税案も聞かれます。その欧州との対立を、イーロン・マスク氏が増幅する可能性があります。
マスク氏は1月20日の大統領就任式で、「ハイル・ヒットラー!」を連想させるポーズをとり、物議をかもしました。欧州のテスラ工場には「ハイル・テスラ」と書かれ、ドイツやフランスでは今年1月、テスラ社の車の販売が大幅に減少しました。そして以前からドイツの極右政党、AfD(ドイツのための選択肢)を支持し、ナチスの子孫には「過去を引きずらなくてよい」と鼓舞しました。
トランプ氏もネオナチと言われますが、イーロン・マスク氏はこれをさらに増幅するようなナチス的な思想の持ち主で、欧州からすれば、トランプ氏のナチス志向がより増幅される印象を与えています。テスラ車の販売不振だけでなく、欧州と米国との間に政治的な溝が深まる影響を与えそうです。
関税についてはまだ不透明な点がありますが、トランプ大統領はNATOへの米国の関与を縮小し、欧州が自らの負担でNATO運営をするよう圧力をかけ、各国のNATOへの出資金増額と、自国の軍事予算拡大を求めています。欧州にはGDPの5%まで引き上げるよう圧力をかけています。欧州各国が簡単に受け入れられる水準ではありません。
イスラエルとの蜜月に冷水?
米国政府にとってユダヤ資本は重要な要素で、共和党、民主党を問わずユダヤ尊重の機運があり、イスラエルに対しては何があっても米国が支援する立場を貫いています。その中でもトランプ大統領は、特にユダヤ系にはビジネス面でも親交があり、今回のハマスとの戦闘についてもイスラエルを全面支援しています。
もともとドイツからの移民の家系で、トランプ氏自身、考え方がネオナチ、白人選民思想の持主で、深いところでユダヤと対立するリスクを指摘する向きもあります。このため、イスラエルのネタニヤフ首相とトランプ大統領の相性も必ずしも良いとは言えません。そこに、「ハイル・ヒットラー」のイーロン・マスク氏がトランプ陣営の参謀となると何が起きるのでしょうか。
マスク氏はAfDの集会で、「ナチスの歴史にまつわる過去の罪悪感にとらわれるな」、「ドイツの偉大な未来のために戦おう」と講演しています。ハイル・ヒットラーを公然と表明するイーロン・マスク氏に対して、イスラエルがどう感じるでしょうか。トランプ氏とイスラエルとの蜜月に冷水を浴びせるリスクがあります。
米国の分断を加速
トランプ大統領の存在そのものが米国の分断を誘う面がありますが、イーロン・マスク氏はこれを増幅する面があります。特にマスク氏の「反ジェンダー」はトランプ氏に勝るとも劣らぬ強烈さで、トランプ政権の反ジェンダー性をより強調する面があります。すでにパリ五輪での金メダルを獲得したジェンダーの選手に対して、「男が女性の競技に出るべきではない」と批判を強めています。
米国では近年、赤(共和党)と青(民主党)の分断が進み、両者の落としどころを見つけることが困難になっています。両者を満足させるプランが見つからず、多数側の利益優先となりがちですが、マスク氏を加えた今次トランプ政権はドイツのAfDのように極右政党化しつつあり、米国の分断がより深くなろうとしています。
出過ぎた杭は打たれる
第二次トランプ政権は、トランプ大統領に絶対服従の人間が集められました。これでトランプ大統領の意のままになり、異論を唱える者がいなくなることが逆に懸念されています。その行き着く先は、国民の半数がトランプ氏のやり方に耐えられなくなり、国民が大統領に異を唱える形、例えば中間選挙で議会が赤から青に塗り替えられ、大統領の力を削ぐ可能性もあります。
その一方で、トランプ氏の立場を考えずに出過ぎた行動に出れば、政権から排除されるリスクがあります。第一次政権で大きな影響力を示したトランプ氏の娘婿、クシュナー氏が、現政権ではほとんど表に出てきません。大統領にしてみれば意思決定者は大統領一人で良いわけで、出過ぎた真似をする人間は排除されることを示唆しています。
その点、2月24日号のタイム誌は、その表紙に大統領執務室に座るマスク氏を大きく取り上げました。これを指摘されたトランプ大統領は「タイムはまだ営業しているのか」と不機嫌に言い放ちました。「マスク大統領」と揶揄され、ある意味ではトランプ大統領以上に目立つイーロン・マスク氏は、いずれトランプ氏にとって「目の上のたんこぶ」になる可能性があり、排除されるリスクがあります。
また、かつて日本でも民主党政権下で「効率化」の観点から政府機関の整理統合、人員削減がなされ、その結果政府統計の質が低下し、日本経済の諸問題、症状を的確に表せなくなった経緯があります。マスク氏の政府効率化省は早速政府職員の大規模削減を実施し、トランプ大統領はCIAを実質解体して、イスラエルのモサド、英国のMI6のような機能を米国から排除しようとしています。
ディープ・ステートの排除を狙っているのかもしれませんが、これが米国の国際戦略、安全保障にどう影響するのか、「無駄」の排除が米国の弱体化にならなければよいのですが、これもトランプ政権の「アキレス腱」になる可能性があります。
いずれにしてもイーロン・マスク氏が表に出て目立つ仕事をすれば、ますますトランプ政権に亀裂が入り、政権を揺さぶるリスクがあり、「イロン(異論)・リスク」となりかねません。
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※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2025年2月14日号「トランプ政権にイロン・リスク」の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。当月配信済みバックナンバー(中短期国債金利の天井期待は危険/政府のデフレ認識に無理/消費の縮小に歯止めを/切れ味の鈍った金融政策と利上げ効果/トランプ爆弾の破壊力/トランプ対FRBの抗争)もすぐに読めます。
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