大手紙の報道によれば、日本銀行は4月30日と5月1日の金融政策決定会合で、政策金利を現在の0.5%に据え置く見通し。トランプ関税や景気下振れリスクへの配慮だという。だが、その一方で国内の物価上昇は激しく、基調インフレ率は日銀が目標とする2%に達しつつある。さらに、ここで利上げを見送って円安になれば、会合直後の米国時間1日に行われる2回目の日米会談での関税交渉にも悪影響を及ぼしかねない。日銀がおかれた「進むも地獄、退くも地獄」の状況をエコノミストの斎藤満氏が解説する。(メルマガ『マンさんの経済あらかると』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:日銀に大きな試練
プロフィール:斎藤満(さいとう・みつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
ただの「金利据え置き」では済まない日銀金融政策決定会合
日銀は今日明日(4/30~5/1)の2日間、金融政策決定会合を開きます。
日経、産経新聞などは28日までに、トランプ関税で景気の先行きが不透明として金利据え置きの観測記事を書いていますが、実のところ日銀は苦しい立場に置かれています。
決定会合直後の米国時間1日に2回目の日米会談が行われ、関税を含めた交渉が行われる予定です。その直前に日銀が金利を据え置いて円安となれば、日米交渉が難しくなります。
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困難(1)トランプ関税に伴う景気下振れリスクはやや縮小している
日経などの報道にとどまらず今回、市場では金利据え置きを予想する声が増えています。この背景には、トランプ関税などによって日本も含めた世界経済が不安定になり、景気の下振れリスクが高まっていることがあります。
実際、IMF(国際通貨基金)は今年の世界成長率を3か月前の3.3%から2.8%予想に大きく引き下げています。米国、中国とともに、日本の見通しも引き下げました。
日銀の植田総裁はこれまで「見通し通りに進めば、引き続き利上げを進める」と言ってきましたが、トランプ関税によって日銀も今度の「展望リポート」で成長率見通しを引き下げると見られています。つまり、「オントラック」でなければ利上げはできないと考えられています。
ただし、IMFが見通しを引き下げた時点ではトランプ関税のリスクが最大ポイントに近いところでした。
しかしその後、米中間の関税が互いに引き下げられるとの報道や、一部製品を除外したりしてやや緩和気味にあり、その他の国々との相互関税交渉でも進展が見られ、当初懸念されたよりもトランプ関税の脅威は弱まりつつあります。日本の交渉団も関税引き下げに向けて動いています。
このため、トランプ関税は確かに不安定要素ではありますが、あらかじめ想定されたものと大きく違わないものとなれば、想定見通しからの下振れも小さくなります。(次ページに続く)
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困難(2)現実の物価は日銀の2%安定目標に達しつつある
一方、物価については予想より高い上昇となりつつあります。先に発表された4月の東京都区部のCPIは、生鮮食品を除いた「コア」が3月の2.4%から一気に3.4%に加速しました。
エネルギー価格抑制のための補助金がなくなったうえに、東京都では高校授業料無償化で1年間物価上昇が0.5%押し下げられていたのが、1年経って消えたために元に戻ったのが理由です。
つまり、高校授業料無償化の影響は今回が「一時的」なのではなく、これまでの1年で「一時的」にインフレ率を低く見せていたにすぎず、4月から実態に戻ったことになります。
言い換えれば、東京都についてはこの1年の数字が実態のインフレ率よりも低く見えてきたのですが、これが元に戻り、その分高い上昇となりました。
これにエネルギー価格を抑えるための措置が終わり、これも従来、インフレ率を低く見せていたものが、実態に近い形で高い上昇に戻りました。
この4月分が「実態」に近い数字となります。政府は緊急の物価高対策として、ガソリン価格を5月下旬から段階的に1リットル当たり10円引き下げ、夏場の電気ガス料金を一時的に引き下げる、としていますが、基調としてのインフレ率は上昇気味となっています。
植田総裁は前回の決定会合後の会見で、「基調的なインフレ率が2%に近づいている」と述べました。
今回発表の4月の東京都区部のデータをみると、帰属家賃を除くサービス価格の上昇率が2.5%に高まっています。基調インフレが2%に達したとすれば、中立金利に向けて金利を引き上げる理由になります。
それでも景気の不確定要素が強いだけに、利上げに進むにも大きな決断が必要になります。市場が織り込めない中で利上げに出れば、株価などに下落のリスクがあります。
今回は利上げを見送ったとしても、基本は利上げ継続の姿勢を変えないとみられます。
その一方で為替市場の問題が残ります。日本市場ではトランプ関税のもとで利上げは容易でない、との見方が多いのに対して、海外市場では日銀がトランプの圧力で利上げに出ざるを得ないとの読みが強まりました。これが為替の先物市場に表れています。(次ページに続く)
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困難(3)海外勢が円高にベットするポジションを膨らませている
投機筋の意向を反映しやすいとされるシカゴIMMの通貨先物非商業取引を見ると、4月22日までの週で、円のネット買い越しが17万8千枚と過去最高となり、しかもこの2週間で5万枚も買い越しが膨らんでいます。次回会合での日銀の利上げを機に、円高が進むことを見込んだポジションです。
その日銀が利上げを見送ることになれば、この投機筋が巨大な円買いポジションを巻き戻す可能性があり、仮に10万枚以上のポジション整理が一気に進むと、ドル円はまた150円の円安に戻してしまう可能性があります。
これが2回目の日米交渉の直前に起きれば、交渉に少なからず影響が及ぶ恐れがあります。
ドル円は最近一時139円台まで円高が進んだ後、143円台まで戻してきています。これが日銀の金利据え置き観測報道を受けたポジションの縮小によるものなら「ガス抜き」が始まったとみられますが、むしろトランプ関税の修正期待でドルが戻した可能性もあります。
投機筋の円買いポジションが縮小していないとすれば、日銀の金利据え置きを受けたリアクションが大きくなる可能性があり要注意です。
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進むも地獄、引くも地獄の「利上げ見送り」に
このように、日銀はいわば「進むも地獄、退くも地獄」の苦しい状況にあります。
もはや会合直前で幹部が金融政策に関する発言ができない「ブラックアウト」期間に入っていますが、メディアを利用して情報を流し市場の反乱を回避するとともに、市場のスムージングが必要になってくると思います。
利上げ見送りとなっても投機筋の円売り攻勢を回避できるよう、成長見通しの下方修正は小幅にとどめ、決定会合の声明文や記者会見で引き続き利上げ継続の姿勢が変わらないことを示すことになるのではないかと思われます。
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※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2025年4月30日号「日銀に大きな試練」の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。当月配信済みバックナンバーもすぐに読めます。
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image by: 首相官邸ホームページ, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons