海外の高度人材にとって多くの面で魅力的な場所である中国
だが、今回の騒動中で中国は目立った動きをしていない。外交部報道官は自国の留学生の権利を形式的に主張しただけだ。
中国の現状はそうした人材を求めてやまないはずなのに、なぜだろう。
日本では中国の若年層失業率の高さが話題だが、一方で最先端分野の高度人材は常に不足している事実は取り上げない。
日本と同じくサービス産業や製造業の一部でも人手不足は深刻だ。具体的にはドローン操縦士やサイバーセキュリティ関連技術者、基盤モデル・自然言語処理(NLP)アルゴリズムエンジニアなどだ。
ハーバード大学で行き場を失った優秀な人材ならば、それこそ大歓迎である。
しかし、そうなってはいないのには理由がある。
いま現在、すでに多くの人材の呼び込みに成功していて、そこに注目されることはかえって得策ではないからだ。
先に触れた「チャイナ・イニシアチブ」をトランプ政権が始めたきっかけの一つは、まさに習政権が進めた人材獲得キャンペーン「千人計画」をアメリカが警戒したためだ。露骨な動きはかえってマイナスに作用しかねないのだ。
付け加えてて言えば、中国は人材獲得という意味では、長期的かつ戦略的に行ってきていて、短期的な対応は必要ではないのだ。
その柱は大別して三本。一つは国内での人材育成。二本目が海外への留学。そして三本目が「千人計画」に代表される高度人材の中国国内への勧誘である。
それぞれに特徴のある戦略だが、第二、第三の戦略で強調しておきたいのは、それぞれに問題を抱えていたことだ。
例えば海外留学では当初、留学先で認められた中国人の多くが帰国しないという悩みがあった。事実、多くの優秀な学生がアメリカで学び、そのまま永住権を取って留まった。そうした人材が米経済に貢献したのは前述したとおりだ。
そうした空気が変わるのが北京オリンピック以後で、そこから2010年代の前半まで第一次帰国ブームが起きた。
さらに三本目の柱だ。海外人材の獲得はすでに80年代から中国の課題だったが、中国が提示できる報酬や生活環境がネックとなり思うようにならなかった。
これが好転したのもやはり北京オリンピック後だ。主に退職前後の人材をターゲットにして一つの流れが生まれた。
現状、海外の高度人材にとって中国は多くの面で魅力的な場所だ。
今年1月24日、環球網は「海外の人材が中国に流れる情報がなぜネットを席巻するのか」というタイトルで記事を配信している。そこではノーベル物理学賞を受賞したフランス人や日本の深谷賢治氏が中国で教鞭をとっていることが紹介されている。
つまり着々とやってきたのだ。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年6月2日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録ください)
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