MAG2 NEWS MENU

最初から仕組まれていた米軍のイラン空爆。ネタニヤフの罠にまんまと引っ掛かったトランプと米国の愚かさ

イスラエルとイランの紛争にアメリカが軍事介入するか否かを「2週間以内に決断する」とした2日後に、イランの核施設への攻撃を敢行したトランプ大統領。その裏にはいかなる力学が働いていたのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、イラン問題を捉える際に最低限踏まえておくべき歴史的経緯を紹介。その上で、何がイランを「増長」させたのかについて解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:ネタニヤフの罠に掛かってイラン空爆に引き込まれたトランプ/イラク戦争の二の舞か?

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

最初から仕組まれていた事態。ネタニヤフの罠に掛かってイラン空爆に引き込まれたトランプ

トランプ米大統領は日本時間6月22日午前11時にホワイトハウスで記者会見を開き、イランのフォルド、ナタンズ、イスファハンの各ウラン濃縮関連設備を空爆したと発表した。

13日に始まったイスラエル軍によるイラン攻撃で、すでに原子力関連施設、軍事基地、軍要人や科学者の居宅など約100カ所を破壊したとイスラエル側は発表しているが、フォルドの施設は地下80~90メートルにあり、米軍が保有するB-2ステルス爆撃機で重量15米トンの大型「バンカーバスター」(通称モグラ爆弾)GBU57/Dを投下しない限り、破壊することができない。

そのためネタニヤフ首相は、昨年11月の大統領選の直後からトランプに働きかけ、6月に入ってようやく、曖昧ではあるが米軍参加のゴーサインを得て13日から作戦を開始した。ネタニヤフは今回、イランの核兵器開発に繋がる全ての原子力関連施設を完膚なきまでに“除去”することを目標としており、米軍参加がなければそれを完遂することができないので、この事態は最初から仕組まれていたと見るべきだろう。

トランプは演説で、「濃縮施設は、完全かつ徹底的に抹消された」と宣言した。しかし、イラク側は損害は軽微で、事前に予防措置を講じていたこともあり放射能が拡散する事態は避けられたとしている。またIAEA(国際原子力機関)は、ナタンズとイスファハンでは施設に損傷を与えたが「フォルドは無傷」との判断を示した。フォルドは80~90メートルの深さがあり、1発では60メートルほどで止まってしまう可能性があるため、同じポイントに2発連続で打ち込まなければならないと言われており、それが上手くいっていなかったかもしれない。

いずれにせよ、それを確かめることもせずにトランプが成功を宣言し、作戦参加の航空機を本土に帰還させてしまったのは謎で、「ネタニヤフがうるさいから1度はやってやるが深入りするのは御免だ」と思っている可能性もある。

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

空爆ではイラン核開発を止められない明白な理由

今回のイラン側の被害がどれほどだったかはともかく、米カーネギー国際平和財団のジェームズ・アクトン核政策部長はNYタイムズ6月21日付への寄稿「米国は爆撃でイランの核兵器開発をやめさせることは出来ない」で、こう述べる。

▼イランのウラン濃縮計画には何百人、何千人の科学者や技術者が従事しており、指導的幹部を何人か殺したところで、10年か15年で計画は再建される。

▼イランがこれまでに製造した高濃縮ウランは、通常、スキューバ・ダイビング用の酸素タンクと同じようなサイズのシリンダーに蓄えられ、イスファハンに保管されていて、まだそこに置かれていたとしても爆撃では破壊できないし、ましてや、すでにどこかに分散避難されていればそれを探し出すのは極めて難しい。

▼また遠心分離機の小さくてどこへでも持って行ける部品の備蓄を破壊するのは一層難しい。そういうことを細かく監視するのがIAEAの仕事だが、トランプが第1期の時に「イラン核合意」を壊してしまい、そのためIAEAはもう7年もの間、査察権を行使できないでいる。

▼さらに、当たり前のことだが、イランはまだ外部に知られていない秘密施設を用意しているに決まっていて、イスラエルも米国も未知の施設を爆撃することは出来ない。それが温存されていれば、イランは恐らく数カ月で核計画を再開できるだろう。そうなれば再度空爆?再々度空爆?イランがさらに別の秘密施設を作り、フォルドよりもっと深いところまで掘ったら、どうするのか?

▼米軍の攻撃でイランの体制が崩壊したとしても、新政府が核を諦める保証はどこにもない。

だからトランプが4月にイランとの対話をセットしたのは正しいので、そこへ戻るべきだと、アクトンは勧告する。

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

現状を捉えるため最低限踏まえておくべき歴史的経緯

そもそもの「原因」について一切触れずに、直近の「結果」だけを取り上げるという記事や論説が、世に溢れ返っている。それはどうも、「今だけ・カネだけ・自分だけ」の三だけ主義で育ってきた世代がメディアの発言者や執筆陣の主力になりつつあることと関係がありそうで、このイラン問題もその典型の1つである。

「今だけ」というのは「歴史の没却」、何事も長い長い歴史的な経緯があってここに至っているのだということを忘れてしまうことである。そういう心理の下では、米国がイランを「核開発を秘密裏に進めて国際秩序に挑戦しようとしているならず者」と呼ばわるのを、「そうなんだろうな。イランの前近代的なイスラム教の狂信者たちが身の程知らずにも核兵器を弄ぶなんて、危ない、危ない」と、簡単に信じてしまったりする。

しかし、6月21日付東京新聞「本音のコラム」で師岡カリーマが書いているように、

▼モサデグ首相は、民主的に選ばれたイランの世俗派リーダーだった。

▼ところが石油の国有化を進めたため、アメリカの息がかかった1953年のクーデターで失脚、権力を握った親米パーレビ王朝は「世界で最も残酷な独裁政権のひとつ」と言われた。

▼その王政を打倒するために起こったのが1979年の「イスラム革命」で、今日に至る。

▼イラン現政権は確かに厄介な存在だが、イランが近年、イラクなど中東諸国で勢力を拡大する布石を打ったのは、米軍による2003年のイラク侵攻だ。しばしば中東の混乱の背景には、米国の身勝手と近視眼がある。

▼「イランは間もなく核爆弾を手に入れる」。イスラエルのネタニヤフ首相は、30年前からそう言い続けている。今回も、証拠は提示せずに、「間もなく」の主張を繰り返し、イランに大規模な「先制攻撃」を行った。……〔だがその〕イスラエル自身は核兵器を保有しているとみられている……。

最低限、ここに簡潔にまとめられている程度の歴史的経緯を踏まえて今の事態を捉えないと、まさに「今だけ」になってしまうのである。

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

湧き上がる「イランと米国のどちらが“ならず者”か」という疑問

師岡の一文を読んだだけでも、すぐに頭に浮かぶのは、イランと米国のどちらが「ならず者」かという疑問である。

イランでは、1920年まで約130年間続いたガージャール朝の下で20世紀早々から立憲政治の模索が始まっていて、モサデグはそのガージャール朝の血筋を引く名家の出。仏ソルボンヌ大学卒、スイスのヌーシャテル大学で法学博士号を得たインテリにして民族主義者で、その彼が51年に選挙を通じて首相の座に就くと、当時イギリスの「アングロ・イラニアン石油会社」によって完全に支配されていた石油利権を取り戻すべくその国有化に着手した。

イギリスのMI6(軍秘密諜報部)が米CIA(中央情報局)の応援を得てイラン軍部の親殴米派=ザーヘディ将軍を立て53年にクーデターを決行してモサデグを失脚させ、パーレビ国王に独裁体制を敷かせた。パーレビは石油収入の分け前を惜しみなく使って米国製の最新兵器を大量購入し中東最強の軍事帝国を作り上げると共に、「女性解放」を掲げてヒジャブ着用を禁止するなど外面的な西欧的“近代化”を推進した。

「世界で最も残酷な独裁」への民衆の抵抗とイスラムの伝統を無視した世俗化=西欧化への宗教界の反発が重なって、79年ホメイニ革命が勃発、中東世界最大の「反米国家」が誕生した。

さあて、ここまでを振り返って、どうだろうか。イランは米国政治に手を突っ込んで体制を転覆したことなど、当たり前だが、一度もない。米国は1950年代からイランの選挙で選ばれた首相を失脚させ、石油利権と武器輸出で大儲けをし、それが覆されると、一転、イランを「悪の枢軸」と決めつけるようになった。どちらが「ならず者」だろうか。

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

「イランを増長させたのは米国のイラク侵攻」という事実

カリーマが言うように、そのイランが今世紀に入って中東全体で一段と影響力を増したのは、米国のイラク侵攻のせいである。

イラクが大量破壊兵器を所有しているというフェイク情報に踊らされてブッシュ・ジュニアが2003年にイラク戦争を発動し、サダム・フセイン政権を打倒する「イラクの自由作戦」を実施、サダムを殺害し民主的な選挙を行わせた結果、何が起きたかというと、人口的には少数派ながら歴史的に政治・軍事の中枢を支配してきたサダムらスンニ派の権力が解体され、隣国イランからイラク南部にかけて広がっていた人口的には多数派のシーア派が台頭し、結果的にイラクはイランの従属国家のような地位に貶められてしまった。

そのため、旧フセイン政権のスンニ派の軍人や過激派活動家は「IS」はじめテロ集団となって拡散する一方、一部はパレスチナのスンニ派のハマスにも流入したと言われる。またシーア派のレバノンのヒズボラ、イェーメンのフーシなどもイランの革命防衛隊の支援を得て活動を活発にした。

もう1点、カリーマがサラリと言っている「イスラエル自身は核兵器を保有している」というこの1行が、実は、今日の事態を理解する上での核心である。

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

今や200発程度の核弾頭を保有していると見られるイスラエル

長崎大学核兵器廃絶センターの「世界の核弾頭一覧(2018年)」によると、イスラエルは17年現在の推定で、地上発射弾道ミサイル用の核弾頭50発と航空機搭載用の30発、計80発を保有している。運搬手段としては、地上発射弾道ミサイルのジェリコ2(射程1,500~1,800km)とジェリコ3(推定当時は「開発中」、~4,000km)、航空機は米国供与のF16戦闘爆撃機(射程1,600km)である。

が、今では80発を遥かに超えて200発程度の核弾頭を保有し、さらにそれを超えて数百発を製造できるほどの核物質を蓄えており、さらに運搬手段として潜水艦発射の技術も完成していると見做されている。

イスラエルが核開発に取り組んでいるという噂は前々から流れていたが、国際社会がそれが噂でなかったことを知ったのは、英サンデー・タイムズが1986年10月に放ったスクープ記事で、イスラエル南部のネゲブ原子力センターの元技術者の内部告発証言と、彼が撮影した多数の写真によってであった。

が、もちろんイスラエル自身は核保有をあるともないとも明言しない曖昧戦略を採っている。

けれども、第2次大戦後に至るまでのいろいろの経緯がある中で、究極の「人工国家」として英米によって無理矢理アラブ世界の真っ只中に落下傘で飛び降りるように強行着陸させられたイスラエルが、周り中からの敵意に取り囲まれて、さあどう生き残って行こうかという場合に、核兵器を持つしかないのかと思ったのは自然かもしれないし、それを支援したフランスや米国を直ちに非難すべきではないかもしれない。

しかし、米欧がイスラエルの核保有には目を瞑って黙認し、そのイスラエルの核に対抗するには自ら核を持つしかないのかと思い詰めたかつてのイラク、現在のイランを「悪の権化」であるかに言って国家破壊を仕掛けるというのは、究極の二枚舌ではないか。

しかも、イスラエルは核拡散防止条約には加わらず、半ば公然と核開発を進め、他方イランは同条約に入ってIAEAの査察を進んで受けてきた。そのイランがボコボコに爆撃され、イスラエルはほくそ笑んでいる。

米国がイラクを軍事攻撃しサダム・フセインを虐殺までしたのは、亡命イラク反体制派の「フセインは大量破壊兵器を隠し持っている」という“証言”がきっかけだった。それを信じたブッシュ・ジュニアは世界に向かってそれを得意げに振りかざし、イラクに侵略したが、その“証言”なるものはイスラエル諜報機関の用意したフェイクだった。

今回の「イランは間もなく核兵器を手にしようとしている」というのも同じパターンで、米国の全政府機関の情報部門を統括するNIC(国家情報評議会)のギャバード長官が「イランは核兵器を製造していない」という判断を公式に打ち出しているのに、トランプはイスラエルのフェイク情報の方を信じ、進んで戦争に巻き込まれようとしている。歴史は繰り返すということである。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2025年6月23号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

高野孟さんの最近の記事

【関連】イスラエルとイランの戦争で利益を得る者たち。「逮捕に怯える外国スパイ」ネタニヤフと「平和になったら困る」イスラム宗教保守の戦いに終わりはあるのか?
【関連】「なぜトランプは親イスラエルなのか?」よりも注目すべきは「決断への影響」だ
【関連】トランプがイスラエルに出した「ゴーサイン」。イラン核協議で優位に立ちたい「裸の王様」が選択した“攻撃容認”というあまりに危険な賭け

初月無料購読ですぐ読める! 6月配信済みバックナンバー

※2025年6月中に初月無料の定期購読手続きを完了すると、6月分のメルマガがすべてすぐに届きます。

  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.707]ネタニヤフの罠に掛かってイラン空爆に引き込まれたトランプ(6/23)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.707]ヘグセス国防長官の粗雑な「中国脅威論=台湾有事論」にはウンザリだ(6/16)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.706(再配信)]「台湾人は親日的」というのは本当か?(6/11)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.706]「台湾人は親日的」というのは本当か?(6/9)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.705]備蓄米が2000円で出回ったのはそれでいいとして、本当に安心できる米の生産・流通・消費のシステムの姿は?(6/2)

いますぐ初月無料購読!

<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>

初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込880円)。

2025年5月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.704]小泉進次郎=新農相は日本農政最大のディレンマにどれだけ斬り込めるのか?(5/26)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.704]「消費税」の上げ下げを語る以前に考究すべきは、この国の姿、形ではないのか(5/19)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.702]「冷戦が終わった」ことの意味をもう一度確かめたい(5/12)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.701]山城博治さんのこれからの活動に期待する/全国勝手連 結成準備会での挨拶を仮想拡張して(5/5)

2025年5月のバックナンバーを購入する

2025年4月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.700]森友学園事件から8年、ようやく扉が抉じ開けられた元首相夫妻の犯罪(4/28)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.699]トランプのケツを舐めに行く日本、そのケツを蹴り飛ばす中国(4/21)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.698]米アメリカン・エンタープライズ研究所が解明したトランプ関税の根拠数字のどうしようもない初歩的な代入ミス(4/14)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.697]ようやく明らかになったトランプの関税計算法のデタラメ(4/7)

2025年4月のバックナンバーを購入する

2025年3月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.696]日本は国家としての自尊心を取り戻し、反トランプ関税の国際連帯の先頭に立つべきだ!(3/31)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.695]米中が戦争すれば中国のミサイルが米軍と自衛隊の基地に雨霰と降り注ぐという深刻な予測(3/24)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.694]政府・防衛庁の余りにお粗末な「先島住民避難計画」(3/17)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.693]トランプの「怒りと憎しみの政治」を超える思想はアジアから立ち現れるのか?(3/10)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.692]「怒りと憎しみ」に溺れていく米国の政治と社会ーーネットとAIがそれを加速させる(3/3)

2025年3月のバックナンバーを購入する

image by: miss.cabul / Shutterstock.com

高野孟この著者の記事一覧

早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 高野孟のTHE JOURNAL 』

【著者】 高野孟 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週月曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け