排外主義の時代だから胸を打つ、夜桜見物に響いた歌声と「ありがとう」の一言

 

こんなイヤな話と裏腹のちょっといい話を披露したい。

『私を支えたこの一曲』(青年書館)に、生きていれば88歳の人が59歳当時に寄稿している。北国生まれのこの人は20歳だったころに仲間と夜桜見物をしていた。

酒が入って歌になる。

誰かが『アリラン』を歌い出した時、突然、高音の澄んだ声が混じった。

声の主は中年のおじさんで、一見して『アリラン』の国の人だとわかったという。

一瞬、青年たちは戸惑ったが、すぐに一緒に歌った。そのうち、おじさんは手拍子足拍子も見事に踊り始め、青年たちも調子を合わせた。

やがて肩を組み合うほどに仲よくなり、宴が終わろうとした時、おじさんはきちんと正座して言ったという。

「私は朴と言います。鉄屑屋です。貧乏ですからいつも生活に追われ、楽しいことが何ひとつありませんでした。でも、今日はみなさんのおかげで愉快な一刻を過ごさせてもらいました。故郷の歌も歌いました。おいしいお酒もいただきました。どうも、どうも、ありがとうございました」

夜桜見物から数日して荷物が重いリヤカーで困っていた朴に後押しをこの人はする。

礼を言いながら空を仰いで朴は「あの雲はどこへ行くのでしょうか。ひょっとしたら私の故国へ」と言ったという。

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