「聞いたことがあるようなロジック」と「支離滅裂」
高市首相は「強い経済」という言葉がことのほかお好きで、【1-はじめに】で「強い経済をつくる」「日本列島を強く豊かに」「力強い経済政策」と繰り返し、さらに【2-経済財政政策の基本方針】では、「強い経済をつくる」ことの中身についてこう述べている。
「強い経済」を構築するため、「責任ある積極財政」の考え方の下、戦略的に財政出動を行います。これにより、所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益が上がり、税率を上げずとも税収を増加させることを目指します。この好循環を実現することによって、国民の皆様に景気回復の果実を実感していただき、不安を希望に変えていきます。
こうした道筋を通じ、成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え、政府債務残高の対GDP比を引き下げていくことで、財政の持続可能性を実現し…
聞いたことがあるようなロジックだなあと思えばそれもそのはず、これは2013年の「アベノミクス3本の矢」の2本目そのものなんですね。アベノミクスの3本の矢は、
- 大胆な(異次元の)金融政策、
- 機動的な財政政策、
- 民間投資を喚起する成長戦略
で、その2.は「デフレ脱却を実現するため、財政出動によって有効需要を創出し、持続的成長に貢献する分野に重点を置くことで、経済再生と財政健全化の両立を目指す」と謳っていた。
しかし、経済学の常識に従うと、公共事業はじめ財政政策だけで総需要不足を補おうとしても無理で、必ず金融政策と組み合わせる必要があるとされる。そうでないと、景気浮揚の効果はほとんど上がらないのに財政破綻のリスクが増大することになりかねない。
さて、アベノミクスの1本目はまさに金融政策で、異次元金融緩和でデフレに素早くストップをかけておいて、すかさず財政出動で需要を掻き立て、そうしているうちに本命の第3の矢=民間の成長戦略が動き出して日本経済は成長軌道に乗る――というような話になっていたのだが、高市所信表明には第1の矢の話は出てこない。
ただ彼女は総裁選直後の会見で「日本経済がデフレでなくなったと安心するのは早い」と、デフレ脱却はまだ達成されていないという認識を示していて、その点では日銀が、2%超の物価上昇が3年5カ月も続いているというのに「基調的な物価上昇はいまだに目標に達しているのかどうか不確実である」という、事実上の景況判断不可知論を垂れ流しているのと軌を一にしている。
そうだとすると、やはり第1の矢でデフレ脱却を進めながら第2、第3の矢に進んでいくという、アベノミクスと同様の短・中期展望を――私はそれは全部間違っていると思うが、彼女なりに整合性を保とうとすれば――語らなければならないはずだが、第1の矢の話は出てこない。
ところがそこで突然の飛躍が現れる。日本は依然としてデフレを脱却できていないはずなのに、次の【3-物価対策】で「この内閣が最優先で取り組むことは、物価高への対応です」という話になるのはどういう訳なのか。物価高が続くというのはインフレということでしょうに。支離滅裂としか言いようがない。
そして【4-大胆な「危機管理投資」による力強い経済成長】というのが、アベノミクスの第3の矢に当たるものとして登場する。「危機管理投資」とは聞きなれないが高市流の新語なのだろう。
「経済安全保障、食料安全保障、エネルギー安全保障、健康医療安全保障、国土強靭化対策」などのリスクや課題に官民が先手を打って行う戦略的投資のことで、これが「この内閣における成長戦略の肝」だと位置付けられる。これを軸に「日本経済の強い成長の実現」を目指して「日本成長戦略会議」を立ち上げる。
まあねえ、同じことを言うのでも、「食料や医療・介護などで誰もが安心できる暮らしを実現する」と平たく言うこともできるだろうに、それをみな「安全保障」に絡めて「危機管理投資」と括って見せるところがトゲトゲしい。
その戦略分野としては、「AI・半導体、造船、量子、バイオ、航空・宇宙、サイバーセキュリティ」など、背伸びをしなければならないような最先端分野が列記される。それはそれで結構なことではあるけれども、私は違っていて、地面にしゃがみ込んで育てるべき超精密な職人技的なモノづくり能力という世界で多分誰も真似できないであろうものを重視すべきだと思うが、これはまた別の機会に詳しく論じることとする。
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