大きな話題となった、高市早苗首相が就任後初の衆院予算委員会当日に見せた「午前3時」の公邸入り。なぜ高市氏はかくも早い時間に始動し、そしてこの動きはどのような展開を招いたのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、官僚が用意した「模範解答」に修正を重ねた高市答弁が、波紋を呼んだ「台湾有事」発言へとつながった経緯を分析。その上で、官僚依存を脱しようとする高市氏の独断がもたらすリスクと、政治判断の危うさに対して懸念を示しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:脱官僚依存の高市流。「午前3時」の赤ペンで「存立危機」暴走
午前3時の公邸入りで始まった暴走。「台湾有事」を断言した危うすぎる高市の独断
明日が就任後初の衆議院予算委員会。ということになれば、新任の総理大臣たるもの、緊張と興奮にかられ、おちおち寝てはいられないだろう。2025年11月6日夜の高市早苗首相がそうだった。
野党の質問に対し、自信にあふれた答弁を返して、実力のほどを見せつけたい。そのためにも、一刻も早く質問内容を知り、答弁書を仕上げたい。完璧主義者の矜持が体中を熱くしていたはずだ。
7日の質問者は自民党の6人と立憲民主党の6人だ。全員の質問通告が6日の正午までに出そろったことを衆院議院運営委員会の与党筆頭理事、村井英樹氏(自民)が確認している。
それから質問に関係する省庁の担当官僚たちの“奮闘”が始まる。総理が恥をかいたり失言につながらないよう、無難で正確な「想定問答」を用意すべし。そんな使命を帯びた官僚は議員の事務所にかけつけ、詳しく質問内容を聞き出そうとする。これがいわゆる“質問取り”だ。それがすむと官僚たちは、夜通しで「答弁書」の作成を進めた。
ここまでは歴代政権に比べ、特別変わったことはない。違っていたのは、総理大臣が始動した時刻だ。
高市首相の「午前3時」問題は、こうして起きた。答弁書が完成する予想時刻、午前3時に合わせて公邸入りしたのだ。そのニュース映像を見ると、車から降りる高市氏だけではなくSPとみられる背広姿の男性や秘書官ら7~8人が暗闇にうごめいている。
なぜそんな大げさなことになったのか。「(宿舎で大量の)答弁書を受け取るすべがなかった」と首相は言い訳する。
高市氏が住んでいる議員宿舎には、「だいたい10枚ぐらいで紙が詰まる」(高市氏)という低性能のFAXが設置されているらしいが、そもそもFAXで受け取ろうという感覚じたいが驚きだ。
自宅のパソコンにPDFで送信してもらい、誰に煩わされることもなく答弁書に目を通し、自分流に加筆修正したければする。そして午前6時か7時くらいから打ち合わせを始めるというのが、いまどきの「普通」だろう。それなら秘書官や運転手やSPの人たちを徹夜同然の仕事にかき集める必要はなかったはずだ。
まあ、これも日本初の女性総理として、高市首相が意気込んだためでもある。歴代総理と違い、全ての質問内容を把握し、できるだけ自分の見解を答弁に織り込みたいという熱意の表れでもある。それに、まさかこれからも毎度、午前3時ということはあるまい。そう考えれば、さほど目くじら立てて首相周辺の人々の健康を気遣う必要もないかもしれない。
高市首相が大量の答弁書を読破し、赤ペンで加筆、修正。それを秘書官たちが入念にチェック。こうして出来上がった答弁書をたずさえて、高市首相は午前9時からの委員会審議にのぞんだ。
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「熱意の表れ」と「確信をもった加筆」が生んだあの結果
“高市色”が如実に表れたのが、岡田克也氏(立憲民主党)に対する答弁だった。
岡田氏の質問通告にはこんな内容が含まれていた。もし中国が台湾への海上封鎖をした場合、集団的自衛権に基づいて武力行使が可能な「存立危機事態」になりうると高市首相が昨年の総裁選で発言した。それについてどう考えているのか。
事務方が用意した答弁は、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を認めた安倍政権から石破政権にいたるまで等しくとられてきた方針を継承する内容だった。すなわち、台湾有事の事例をあげて「存立危機事態」を説明するようなことは避けていた。むろん、いたずらに中国を刺激したくないからだ。
「存立危機事態」の法的定義はこうだ。
わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態
アメリカが攻撃された場合でも、この事態にあると認定すれば、武力行使ができる。つまり戦争に巻き込まれる可能性があることを意味する。安倍元首相は「台湾有事は日本有事」と力説していたが、総理を退任してからのことだ。現職の総理がそのようなことを言ったためしはない。
だが、高市首相は官僚の書いた「実際に発生した事態の個別具体的な状況に即して、全ての情報を総合して判断しなければならない」という模範解答に満足できなかった。自分の意見を付け加えて文章を修正し、以下のように答弁したのである。
「たとえば海上封鎖を解くために米軍が来援する、それを防ぐために何らかの武力行使が行われる事態も想定される」
「台湾を完全に支配下に置くためにどういう手段を使うか。単なるシーレーンの封鎖かもしれないし、武力行使かもしれないし、偽情報、サイバープロパガンダかもしれない。それが戦艦を使い武力の行使もともなうものであれば、どう考えても存立危機事態になりうるケースだ」
台湾有事が起これば、自衛隊が米軍と共に中国に対して武力行使に踏み切るかもしれない。戦慄すべきことだが、集団的自衛権の行使を容認した時点から隠されてきた想定であったに違いない。
それでも、政治経験豊富な高市首相が、このような答弁をして国会で問題にならないと判断するはずはない。安倍元首相の後継者として高市首相を支持するあまたの人々の期待に応えたい思いが自己抑制の壁を突き破ったといえるのではないか。
10日の衆院予算委で、大串博志氏(立憲)は首相に発言の撤回を促した。高市首相は「政府の従来の見解に沿ったもので取り消すつもりはない」と反論したが、あきらかに質問のポイントをずらしていた。大串氏は「政府の従来の見解」ではなく、台湾有事のさいに日本が戦争に加わる可能性に言及したことの撤回を求めたのである。
「これが認定されれば防衛出動です。日本の国として戦争に入るということ。撤回・取り消しはしないのか」
執拗に食い下がる大串議員に、高市首相は「政府の立場を変えるものではない」と繰り返したが、最後にはとうとう「反省点として、特定のケースを想定したことを明言するのは慎もうと思う」と言うところまで追い込まれた。毅然とした態度が売り物の女性宰相として、これはちょっぴり、かっこ悪かった。官僚任せにせず、確信をもって加筆したはずではなかったのか。
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中国側のコメントににじむ「対日関係の悪化」を避けたい思惑
朝日新聞の記事によると、岡田氏に対する7日の高市答弁のあと、政府内で「日本の手の内を明かす発言だ」との危機感が広がったそうである。「米国でさえ、台湾有事への対応を明言しない『あいまい戦略』を取る。歴代首相のようにぼかした言い方をするべきだった」と防衛省関係者が嘆いているのだとか。そのような声が官邸に伝わって、さすがの高市首相も強気一辺倒ではいかなくなったと見える。
高市発言について中国外務省の林剣副報道局長はこうコメントした。
「日本の政権が台湾海峡に介入を企てることは中日関係に重大な損害を与える。これ以上誤った道を進まないことを求める」
朝日新聞は「ここまで強く反発」と評するが、「これ以上誤った道を進まないことを求める」という言い方は意外にソフトだ。“休戦中”とはいえ米中貿易戦争におさまりがつかない中、日本との関係を悪化させたくない中国の思惑がこのあたりにもにじんでいる。
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image by: 首相官邸