「存立危機事態」という概念の無理
「存立危機事態」は、2015年の安保法制に盛り込まれた概念で、その安倍晋三政権の遺産を高市が守るだけでなく拡張しつつ受け継ぎたいとツンのめるのは、心情として理解できなくはないが、そもそもこの概念自体に無理がある。もう一度、ちゃんと読んで頂きたいのだが、
密接な関係にある他国への攻撃により、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態
――ということですよ。
まず、台湾が「密接な関係にある他国」と言えるのかどうか。日本はもちろん米国も、中国との国交樹立に当たって「中国は1つ」という、中国にとっては命懸けで守らなければいけない国家としての第1原則を承認していて、そうである以上、台湾はあくまでも中国の一部であって、仮に台湾有事が起きればそれは国際法上、中国の「内戦」でしかない。
従って、米軍や自衛隊が台湾海峡はじめ中国の領域に軍事介入すればそれは「侵略」に当たる。それはちょうどプーチンのロシアが、ウクライナの政府と東部のロシア系住民との自治権をめぐる内戦に外から介入して「侵略」と非難されたのと同じ目に遭うだろう。
「日本の存立が脅かされ」るとは、国家・社会として存続できないほどの破綻に追い込まれるということだろうが、台湾でドンパチがあったくらいでどうして日本が消滅の危機に陥るのか。「生命」と「自由と幸福を追求する権利」が、傷ついたり制限されたりするレベルではないんですよ、「根底から覆される」のですね。根底から覆されるということは、二度と元には戻らないほど破壊されるのですね。しかもその「危険」が「明白」である時にのみ、「存立危機事態」と認定されるのですね……。
こんな物凄い定義をしてしまったので、滅多なことでは認定されない事態となり、それで何とか台湾有事を日本有事に接続するために「シーレーンが危ない」という話が持ち出されてきた。それを高市が中途半端に、しかも不正確に、口にしたために大ごとになってしまった。
もちろん、台湾有事が日本有事にならないとは言えない。仮に台湾が「独立」を宣言し、仮に米軍がそれを支持して軍事介入し、仮に日本自衛隊も米軍の尻について参戦した場合、日本全土は戦場化し中国の短・中距離ミサイルが雨霰と降り注ぎ、本当の存立危機事態に追い込まれる。
それを防ぐには軍事では無理で、台湾は現在の事実上の独立状態を堅持して間違っても名目的な「独立」に走るようなことをせず、そうである限り中国も決して台湾に対し武力を振るうことはないという「暗黙の了解」を守り抜く東アジア共同の外交の力が求められている。
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