「お手本の俳優」
しかし、すべての俳優さんが失業するわけではありません。
既に、CGアニメやゲームの世界では、映像の中のキャラクターに複雑な動きをさせる際に、あらかじめ、現実の人間の動作を撮影してこれをコンピューターに取り込む「モーションキャプチャー」といった技法が使われています。
つまり、動作の「お手本」を演じる俳優さんは必要なのです。
もちろん、過去の映画など既存の動画を「お手本」にしてAIに教え込む方法も可能ですが、ここでも権利関係が発生しますし、監督らの政策側が求めている仕草や表情などは、新たに「お手本タレント」に演じてもらってデータを取り込んだ方が早いはずです。
「お手本Aさん」の表情の変化や「お手本Bさん」の日本舞踊の所作などを取り込んで、AIが創り出した「イングリッド・バーグマンAI」に演じさせる時代劇、といったことも「AI動画」では可能なのです。
これから、「お手本タレント」はいくらでも必要になります。
映画の最後に流れるエンド・ロール、つまりスタッフやキャストの「クレジット」には、将来、こうした「お手本タレント」や「声の提供者(声優とは違って、素材になる声を提供したタレント)」といった人々の名前が流れるようになるでしょう。
「実写ならではの作品」
近い将来、映画など映像系の「娯楽」作品に「AI動画」が進出することは間違いないでしょう。
ただ、本物の「実写」作品が完全に無くなるということもないでしょう。なぜなら、アニメの先例があるからです。
アニメも既にCGなど、ディジタル技術を駆使して制作されています。
その美しさや迫力には脱帽しますが、一方で、昔のような「手描き」のアニメ作品を愛好するファンの数も少なくないのです。
人間は贅沢な生き物で、機械によるオートメーションで造られた工業製品も、手造りで世界に一つしかない作品も、どちらも欲しいのです。
『となりのトトロ』を好きな人が、『鬼滅の刃』の最新作も喜んで見るのです。
ですから、「AI動画」が世界を席巻する時代が来ても、一方で「実写」の魅力が分かるファンは必ず一定数生き残ります。
もちろん、「実写」の良さを活かした作品でなければ誰も観ませんが、それは今も同じですね。
しかし、「実写ならでは」と言われるような作品は、必ず残るのです。
たとえば、「ドキュメンタリー」や「名優による舞台」「舞踊」「スポーツ実況」「古典芸能」「アクロバティックな冒険」といった「一回性」が際立つ映像記録的作品は「AI動画」に取って代わられることはありません。
いや、むしろ「AI動画」が当たり前になればなるほど、「実写」の素晴らしさを追求する本物の映像作家が渇望される時代がやって来るのではないでしょうか。
それは、日常使いの陶磁器が充分に普及した現代においても、人間国宝が焼いた茶碗や花器が珍重されるのと同じことです。
いつの時代も、人間は夢幻のごとき「娯楽」に耽る一方で、純朴かつ虚心に「本物」を求め続けるものなのです。
(メルマガ『富田隆のお気楽心理学』12月8日配信号より抜粋。同号の「チャルメラ幻聴」「戦狼外交を笑い飛ばせ」はご登録のうえお楽しみください。初月無料です)
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