GHQの価値観に染まった学歴秀才
戦後の日本では、GHQが押し付けた価値観を疑わずに受け入れた秀才ほど高学歴となり、出世するという社会が現在もなお続いている。
そもそも大学入試というものは、どこかの出題者が用意した「正解」を探り出して、答案用紙に書くというゲームである。そのゲームに勝つテクニックにさえ長けていれば高得点が取れて、高学歴が身につくのである。
理数系科目であれば出題者が誰でも答えが同じになることも多いが、人文系科目ではそうはいかない。出題者の解釈が間違っているということだっていくらでもあり得る。
しかし入試で「出題者が間違っている」とは言えない。自分の頭で考えた意見を書くのではなく、出題者がどういう意見を「正解」としているのかを考えなければならない。受験対策においては、そういう思考方法が徹底的に叩き込まれるのである。
そんな競争に勝ち抜いてきた学歴秀才は、もはや自分の頭でモノを考えず、何に対しても、どこかに誰かが用意した「正解」があるもので、それを見つけなければならないという思考方法が「習性」になってしまっている。
だからこそ、学歴秀才ほどコロナ禍の時には新型コロナが「脅威のウイルス」であり、ワクチンこそが有効な対策であるというのが「正解」だと信じて疑わなかったし、皇統問題では、偉そうな態度で意見を言ってる者がみんな男系固執だし、政府の有識者会議でもそう言ってるから、それが「正解」なんだろうと信じて疑わず、「悠仁さままではゆるがせにできない」と言ってしまうのである。
同様に、戦後の日本ではGHQが押し付けた価値観、すなわち「戦後民主主義」こそが絶対の「正解」とされてきたから、学歴秀才ほど戦後民主主義者になる。
入試で「正解」になることなど間違ってもありえない『戦争論』なんか、学歴秀才には決して理解できないのである。
頭山満と中江兆民の友情
そんな思考パターンを染み込ませて生きてきた学歴秀才は、「頭山満は右翼の巨頭」と書けば「正解」だと思い込み、そのまま本を書いてしまったりする。そして、そうすれば実際に批評家から絶賛してもらえるのだ。
ところが、そこに「不都合な事実」が見つかることもある。頭山満は、日本の「左翼の源流」と言われる中江兆民と、生涯を通しての親友だったのである。
こんなことが出てくると、学歴秀才くんはすっかり混乱する。「元祖・右翼」の頭山と「元祖・左翼」の中江が親友だなんて、GHQ様にいただいた「正解」とは完全に矛盾するからだ。
ところがここで学歴秀才は、それまで「正解」にしていたものが間違っていたとは決して思わない。その「正解」は決してゆるがせにせず、その上でこの矛盾をどうすれば解消できるのかと四苦八苦するのだ。
その結果、あろうことか、「頭山満には思想がなかった」と書いた学者までいた。頭山は思想を放棄していた、むしろ積極的に思想に対して「無頓着」になっていた。だから中江兆民とも付き合えたのだ、というのだ。
これに対して、玄洋社研究の第一人者である石瀧豊美氏は、「頭山が中江と友人であったことが無思想の証拠であれば、中江も無思想になりはすまいか」として、徹底批判しておられる(『玄洋社 封印された実像』)。
頭山満は、現在の視点でいう「右翼」だの「左翼」だのというカテゴリーなど全く意識していなかった。それよりもはるかに大きな視点で、人間そのものを見ていた。それが真実なのだが、そんな教科書には載っていない価値観は、学歴秀才くんにはわからないことなのだ。
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