台湾の自由は誰が守ったのか? 日本に亡命した王育徳氏と「当たり前ではなかった」民主主義

 

戦後、日本が去った後に台湾に入って来た蒋介石率いる国民党政府は台湾人を徹底的に弾圧しました。いわゆる二二八事件以後の「白色テロ」の時代です。

日本に亡命した後の王育徳氏は、東京大学大学院に在籍し、「台湾語の辞書『台湾語常用語彙集』を出版し、後に「台湾語音の歴史的研究」により文学博士となった。大学で教える傍ら、台湾文学の研究、台湾独立運動(中華民国体制からの独立)、台湾の歴史書の執筆、台湾人元日本兵士の補償請求運動などに全力を傾けた」、とアカデミックな世界に身を置きながら、台湾人のための努力を惜しみませんでした。

今でこそ、台湾の若者は「天然独」(生まれながらの独立派)と言われるように、民主主義を当然のごとく謳歌していますが、今のような体制になったのは1988年に李登輝総統が誕生してからであり、本当にここ数十年のことです。

王育徳氏が編纂した台湾語の辞書は、今でも台湾語を学ぶ人たちのバイブル的存在です。彼は激動の時代を生きていく中で、諦めず、努力を惜しまず、台湾に人生を捧げた人でした。家族の理解があったことも大きな力となったことでしょう。

記念館の建設の経緯について、娘の王明理氏はこう言っています。

『「王育徳記念館」を作る話は、以前より台南市の文学者や台湾語研究者たちから出ていたが、2016年5月、蔡英文政権が発足した直後、当時の台南市長であった頼清徳氏の英断によって決定した。』

『頼清徳氏の“英断”と書いたのには理由がある。普通、公の機関が建設する個人の記念館は、例えば夏目漱石や森鴎外というような誰もが知っている人物に限られるが、台湾で王育徳の名を知る人はそこまで多くない。

さらに、父は61歳で他界するまで国民党政府のブラックリストに載っていたような人物だった。あえて台南市がそのような人物の記念館を作ることになった背景には、王育徳個人のことだけではなく、台湾の戦後史や王育徳が世に問い続けた台湾アイデンティティーを記そうという思いがあると思われる』

王育徳氏に代表されるような優秀な台湾人の多くが、白色テロで命を落としました。育徳の兄の育霖もそのうちの一人です。今の台湾の繁栄の影には、こうした過去があったことを忘れてはいけません。人権、主権、民主など、当然あるべきものがない国もあるんです。世界中のどこ国も、一度はそうした危機的状況を経験しているのではないでしょうか。または、今まさにそのような状況にある国もあります。

戦後の日本も、荒れ地の中からモーレツ時代を経て立ち上がり、今の社会を創り上げました。人々が渇望して、多大な犠牲を払って手に入れた民主や人権を軽視せず、国民ひとりひとりが積極的に民主主義国家を創り上げている意識を持って、社会に参加して欲しいと思います。少なくとも、選挙権を行使するのは国民の義務であり、責任です。じっくりと考えて、自分にとってベストだと思える候補者に一票を投票しましょう。

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