高市政権は何を「継承」し、何を「失っている」のか?安倍政治の影とニッポンの岐路

 

●カーニーにつくのかトランプにつくのかの選択

高市が口癖というか、自分では決め言葉だと思って繰り返し口にする「国論を二分する大きな選択」だが、以上4つはどうもそれに当てはまらない。その言葉に値する本当の選択が今の日本に突きつけられているとすれば、それはカナダのカーニー首相が1月21日のダボス会議での演説で、覇権国が自らルールを守らずに国際秩序を破壊しつつある現実の下では、これ以上「従属を受け入れつつ主権を演じているに過ぎない『嘘』の中に生きることは出来ない」として、出鱈目に走る米国のトランプ政権に対し三行半を突きつけた(本誌No.1349参照)ことをどう受け止めるのかということである。

安倍も高市も、まさに「従属を受け入れつつ主権を演じているに過ぎない『嘘』の中に生き」てきたし、これからもそのように生きていこうとしている。高市は就任
早々の10月にトランプが来日した際、横須賀の空母上でトランプの横に寄り添って満面の笑顔で指を突き出してピョンピョン跳ね(図2  https://bit.ly/4kqIeno )、従属国の支配人代理であることへの喜びを隠さなかった。今回の選挙後にも真っ先にSNS投稿で大勝への感謝の言葉を送ったのはトランプに対してであった。

本当に日本国民は、この人と共に今後とも「嘘の主権」の下で生きることを選ぶのだろうか。それともカーニーの言葉に従って、ミドルパワーが結束して別の新しい国際秩序を創る側に立とうとするのだろうか。

しかも「ミドルパワー」と言えば、ある意味で日本の「お家芸」である。日本の“正史”は、学校教科書が説くのも司馬遼太郎が描くのも、国権主義的な「大日本帝国史」であるけれども、その裏側には常にもう1つの選択肢として民権主義的な「小日本主義」の主張が存在し続けた。本誌の以前からの読者はご存知の通り、本誌は2021~25年にかけての断続的な17~18回の連載でその系譜を追跡することを試み、今後も折に触れこれを続けていくつもりなので、参考までにこれまでの連載のタイトル目次を巻末に付録として掲載しておく。

これを俯瞰すると分かることだが、そもそもは維新をめぐる構想の違いーー

(A案)徳川慶喜にブレーンの西周ら知識人、薩摩の島津、土佐の山内など雄藩大名が目指した「公武合体」による平和的な体制移行論に対して、

(B案)長州・会津・薩摩などの中下級武士を中心とする志士たちの「尊王討幕」による暴力的な幕府打倒論とがあって、後者が前者を圧倒して維新の主導権を握ったことが、日本近代史が血塗られた歴史となってしまった間違いの始まりだった。

その暴力的維新から生まれたのが明治政府で、それを人は「薩長藩閥政府」と呼び慣わすけれども、文字通りのそれが存在したのは明治6年政変で西郷隆盛らが辞職し、軍人・警察官など600人を引き連れて薩摩に帰ってしまうまでの5年間に過ぎず、その西郷は明治10年西南戦争で憤死し、袂を分かって長州側に付いていたもう1人の薩摩の大物=大久保利通も翌年に殺されて、そこからは完全に長州主導の専制国家づくりが暴走する。しかしそれは必ずしも真っ直ぐ進むしかない一本道であったのではなく、西郷は薩摩に帰って小農民の共同体を基礎
にした「小日本」とも取れる社会構想を語っているし、西郷と共に下野した板垣退助が自由民権の大運動を生み出して行き、早くもそこから《国権vs民権》の相剋が展開した。中江兆民の『三酔人経綸問答』の洋学紳士の平和主義と小国主義の言説は兆民自身の思想だったという説もあるので、民権派そのものが最初から小国主義の母胎だったと言えるのかもしれず、それが大正時代の三浦銕太郎・石橋湛山の「小日本主義」、昭和の河上肇の「小国寡民」論、鈴木安蔵が自由民権活動家の植木枝盛の私擬憲法を参考にして起草しGHQに大いに影響を与えた「憲法草案要綱」にまで脈々と繋がっている。

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