自民党と自衛隊の「強い絆」を示す小泉進次郎氏の投稿
長年にわたり与党として防衛大臣を送り込んできた自民党が、自衛隊にとって特別な政党であることは論を俟たない。自民党もまた、国防族を中心に自衛隊との強い絆を有する組織といえる。
鶫3等陸曹と握手するツーショット写真を付けてXに投稿した小泉防衛相の文面が、その関係性を如実に示している。
今日は一年に一度の自民党大会。全国から党員らが結集する自民党にとって重要な場で国歌斉唱の大役を担ってくれたのが、陸上自衛隊の鶫真衣さん。
鶫さんをはじめ自衛隊の音楽隊を誇りに思います。
ところが、この件が問題化すると、小泉氏はあわててこの投稿を削除した。「事実関係などを確認するため、いったん取り消した」と釈明したが、後の祭りだ。「私人だから問題ない」というなら、手のひら返しをする必要などないはずである。
だいたい、この件の取扱い方がおかしい。どの新聞を読んでも、「自民党大会で自衛官が国歌斉唱をした」という書き出しから始まる。いかにも自衛官に問題があるかのような言い方だ。正式な手続きを経て出演した鶫さん個人が批判されるのは、自衛隊組織と自民党の問題を個人に押し付けているに等しい。
正しくは、自民党が陸上自衛隊中央音楽隊のソプラノ歌手に党大会で「君が代」歌唱をさせたこと、つまり自民党が自衛隊を「政治利用」したことが問題なのである。
もちろん、自衛隊の「政治利用」を規制する法律はないが、政党のカラーがついた場所に、国民の税金で運営される組織の隊員を立たせることが、民主主義国家にとってどんな意味を持つのか、何ら疑問を持たなかったとすれば、あまりに感度が鈍すぎる。
これまでの自民党は、自衛隊の政治的中立性を保つという建前を重んじ、党大会という政党の行事に現職の自衛官を制服姿で登壇させることは避けてきた。今回は何が違うのかと考えると、高市政権だから、としか思いつかない。
高市首相は、就任以来「自衛官が誇りを持って働ける環境」を強調し、憲法9条への自衛隊明記を最優先課題に掲げている。党側や事務方がその意向を汲み取り、「自民党こそが自衛隊を最も理解し、尊重している」というメッセージを視覚的・聴覚的に演出するために、鶫さんの起用を企画した可能性は否定できない。「政治利用」と批判されるリスクを承知のうえでの“強行突破”だった可能性もある。
今回の党大会で、高市首相は憲法改正を高らかに打ち上げた。
「時は来た。改正の発議にめどが立った状態で来年の党大会を迎えたい」
憲法改正に前のめりになったトップのもと、自民党は手続きや形式の正当性を軽視し、自衛隊を我が物顔で取り込んだ。その結果、「自衛隊の誇りを守る」と語る政治家たちが、一人の自衛官を政治的な論争の火中に投げ込んでしまった。党のエゴが招いた事態と言わざるを得ない。
憲法に自衛隊を明記し、隊員の誇りを守るという。その志自体を否定はしない。しかし、政治がその「誇り」を、党威発揚のための安っぽい舞台装置として消費してしまったのなら、それは敬意ではなく冒涜である。
鶫真衣3等陸曹の清冽な歌声は、本来、党派を超えて国民の心に届くべきものだったはずだ。その歌声に政治の泥を塗った責任は、あまりに重い。高市政権が掲げる「新しい国のかたち」が、こうした「公私の混同」の先にあるのだとすれば、その行く末に暗澹たる思いを禁じ得ない。
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