差別は「遠い過去の出来事」なのか?水俣病70年が想起させた個人の原点

 

私は彼の家にも時々遊びにいった。

外で遊べない彼の家の訪問は、私が外で遊ばない雨模様の日だったような気がする。

家の中で、押し入れに整然と収納されたボードゲームを恭しく取り出して、「今日はこれやろう」と言って、楽しんだ。

彼の体力が限られているから、遊ぶ時間は制限された。

だから、いつも途中で遊びをやめなければならなかった。

その彼が小学校の卒業式を前にクラスメート全員に配ったのが、2頭の白い馬を描いた油絵だった。

自ら筆を取った作品のコピーをA4サイズの額縁に入れて、「お世話になった」ことを感謝したいとの意を込めたとクラスの担任が説明した。

中学生になって、私は机にその作品を飾っていたが、間もなく、彼は没し、その絵は形見となった。

自由に歩けない彼が描いた2頭の白馬、そのうち1頭は今にも駆け出しそうな姿勢で絵に躍動感を与えていた。

駆けられなかった彼の思いが表現された白馬は、「やめなさい」との母親の言葉とともに、私の心の恥部に問いかけてきた。

四大公害のひとつである水俣病は日本の経済成長優先の姿勢が、魚を主食とし、小さな漁業を営んできた人たちを犠牲に蹂躙したという経済成長の恥部でもある。

補償問題が解決したわけでもないので、現在も問題は取り残されている。

公式確認から70年、報道により世界に広まり、ノンフィクション作家、石牟礼道子さんの「苦界浄土」(1969年)、社会学者、鶴見和子さんらの社会調査(1983年など)、写真家ユージン・スミスさんの写真がライフ誌に掲載(1972年)、それらの仕事は今でも、社会のひずみと企業と漁村の非対称性を真摯に見つめ、丹念に記録し、発信してきた凄みを帯びて、現代社会に問いかけてくる。

風化を防ぎ、被害者救済を忘れないことは社会全体の責務。

社会が何かを優先する時に犠牲になってしまう人がいる構図が今もある。

私自身も、過去の恥部にある苦い思い出は消えることはない。

その恥部は今にも続く反省の原点であることを自覚したい。

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障がいがある方でも学べる環境を提供する「みんなの大学校」学長として、ケアとメディアの融合を考える「ケアメディア」の理論と実践を目指す研究者としての視点で、ジャーナリスティックに社会の現象を考察します。

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