1977年まで使われ続けた斬首機械ギロチン。その「友愛」を欠いた処刑の知られざる歴史

Checiny,,Poland,-,07.25.2025:,A,Man,In,The,Wooden,Stocks
 

一瞬にして人の首を切り落とす処刑機械、ギロチン。恐怖の象徴として知られるこの機械が、実は「平等」を掲げたフランス革命の理想から生まれたことをご存じでしょうか。さらにその設計には、思いもよらぬ大物が関わっていました。今回のメルマガ『歴史時代作家 早見俊の無料メルマガ』では、著者の歴史時代作家 早見俊さんが、ギロチン誕生の知られざる経緯と、その刃に込められた皮肉な運命をひもときます。

平等が産んだ斬首機械ギロチン

ギロチン、一瞬にして首を切断する恐ろしい機械です。

死刑も平等にすべし

ギロチンはフランス革命の産物でした。「自由、平等、友愛」を掲げたフランス革命政府は、死刑の改革を行います。革命以前、フランスの死刑は、貴族は斬首刑、庶民は絞首刑だったのですが、これが不平等だとされたのです。

庶民も貴族と同じく斬首刑にすべき、と決まります。その際、斬首の困難さが問題となりました。斬首される際、貴族は覚悟を決め、首を差し出すのですが、庶民にそれが出来るのか。斬首刑の場では、死刑囚と死刑執行人は一対一でした。貴族の名誉を保つ為、執行人が身体を押さえつけるようなことはしなかったのです。

死刑囚となった庶民は大人しく刑に服するのか。斬首には相当な技量が必要でした。剣で一刀の下に首を斬り落とすのです。死刑囚が恐怖で動いては仕損じてしまい、死刑囚に苦痛を与えることになります。

苦痛なき処刑機械の誕生

そこで、議員で医師でもあったジョゼフ・ギヨタンがなるべく苦痛を与えることなく機械で処刑すべき、と提案しました。ギヨタンの提案により、処刑機械の設計、製作が行われます。

設計には外科医のアントワーヌ・ルイと死刑執行人シャルル・アンリ・サンソンが当たり、製作は楽器職人のドビアス・シュミットが行いました。

設計の際、意外な人物が加わりました。

ルイ16世の意外な提案

フランス国王ルイ16世です。ルイ16世は刃の形を水平ではなく斜め、つまり、直角三角形にした方が切断力は上がる、と主張しました。王の趣味は錠前作りと狩猟でした。ベルサイユ宮殿内に工房を設け、錠前職人と錠前製作に没頭するのが王の楽しみでした。

その為、王の金属加工に対する知見は確かで、試作機が出来、サンソンが死体の首を切断したところ、水平の刃より斜めの刃の方が格段によく切れるのを確認します。

斬首の機械は提案者ギヨタンの名が付けられて完成しました。ギロチンはギヨタンの英語読みです。

革命の象徴となった刃

フランス革命政府は革命裁判所を設立、反革命的と判決を下した人々を次々とギロチン台に送りました。罪なき者も大勢含まれています。

ギロチン設計に加わったルイ16世も、数多の人間を死刑にしたマクシミリアン・ロベスピエールもギロチン台の露と消えました。

ギロチンはフランス革命の象徴となりました。「自由、平等、友愛」を掲げたフランス革命でしたが、ギロチンは処刑方法の平等は実現しましたが、友愛に欠けるものでした。

ちなみにフランスでは革命後もギロチンによる処刑が行われます。最後のギロチンによる死刑執行は1977年9月でした。四年後の1981年、ミッテラン政権は死刑を廃止します。

image by: Jaroslaw Piwowarski / Shutterstock.com

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【著者】 早見俊 【発行周期】 週刊

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