先の皇室典範“改正”は「違憲だ」と国を提訴。漫画家・小林よしのりが「愛子さま排除法」とも呼ぶべき改悪に激怒する理由

 

わしは「機会平等」の世界で生きてきた。

漫画界というところは特に「機会平等」の原則が徹底しており、過去に大ヒット作を持つ大家も、デビューしたての新人も、機会平等で勝負する。 いまそこで発表する作品が全てなのだ。

わしは「週刊少年チャンピオン」で手塚治虫と同時に連載をしていたことがあり、人気投票ではわしが勝っていた。 その時に手塚が連載していた作品が『ブラック・ジャック』だったら勝てたかどうかはわからないが、そこまで徹底して「平等」である世界で生き抜いてきたことがわしの誇りであり、手塚治虫が相手でも「平等」に競争のできる環境が用意されていたこと自体が、日本の誇りだとも言える。

ところがこれが、その作品自体の評価以前に、作者の生まれた「家柄」がいいからその作品を優遇するなんてことがあったら、そんな理不尽な話はない。

ましてや、女が描いた作品だったら、男が描いた作品よりもあらかじめ評価を下げるなんてことは、決してありえないと誰もが思うだろう。

ところがそうは考えず、血や性別で優劣が決まると思う異常な人もいるのだ。

竹田恒泰は「作家」を自称している。 だが同じ「作家」だったら、才能も実績もわしの方が遥かに上だ。 同じ国民という身分で、機会平等で勝負をしたらそういうことになる。

ところが竹田はわしに面と向かって、しかもネットTV番組の生放送という公の場において、「小林さんと私は身分は同じだが、血統が違う!」と言い放った。

つまり、自分は血統が違うから「機会平等」の対象外で、最初っからスタートラインが全然別のところにあるので、あんたよりは上だとマウントを取ったわけである。 わしは侮辱されたようにも感じた。

わしはこれまでに何度も書いているが、「血統」や「血」による差別というものには虫酸が走る感覚がする。

血に優劣なんかない。 血にこだわることこそが「差別」そのものなのである。 わしはあくまでも差別に反対し、日本の平等社会を守りたいと思っている。

何の才能もないくせに、自分の「血」だけで他人を見下してくる竹田恒泰など単なる差別主義者でしかない。

実際に竹田は「差別主義者」という批判をされて、それを「名誉毀損」だとして訴訟を起こし、敗訴している。 つまり事実上、裁判所も「竹田恒泰は差別主義者である」と認定しているのだ。

ところが、よりによって国会が、竹田の差別主義は正当なものであると法律まで作ってお墨付きを与えてしまった。 それが今回の改悪皇室典範だ。 「旧宮家」という血筋につながるとされる者だけが、その血だけを根拠に、他の国民とは異なる特別の扱いをするのがこの法律だ。 狂っているとしか言いようのない立法なのだ。

これは、「一君万民」の思想には真っ向から逆らうものなのである。

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