「1%の閃き」と「99%の努力」の裏側。発明王エジソンが犠牲にした家族と2人の妻の壮絶な人生

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「天才とは1%の閃きと99%の努力である」──発明王トマス・エジソンの有名な言葉です。小学生の偉人伝には必ず登場し、努力の大切さを教えてくれる模範的人物として知られています。しかし、その輝かしい業績の裏には、小学校をわずか3カ月で退学になり、発明に没頭するあまり家庭を顧みず、最初の妻を酒に溺れさせて早世させてしまうという、驚くべき素顔がありました。今回のメルマガ『歴史時代作家 早見俊の無料メルマガ』では、著者の歴史時代作家 早見俊さんが、偉人伝では決して語られることのない、発明王エジソンの知られざる私生活に迫ります。

元気で留守がちだった発明王エジソン

「天才とは1%の閃きと99%の努力である」ご存じ、発明王トマス・エジソンの有名な言葉です。

小学生が読む偉人伝には必ず取り上げられるエジソン、小学生の頃、努力することがいかに大事なのかを教わった読者も多いことでしょう。蓄音機、白熱電球、電話等を含む千件を超える発明や改良を通じてエジソンは文明の進歩に貢献しました。

わずか3カ月で小学校を退学

小学生の模範とされたエジソンですが、彼自身は幸福な小学校生活を送ったわけではありませんでした。なんと、わずか3カ月で退校させられたのです。

屁理屈ばかりこねて教師の言うことを聞かず、教師から見放されたのが理由でした。小学校を退学させられたエジソンは両親に教育され、自宅に実験室を作ってもらいました。

毎日、実験と発明に明け暮れ、22歳の時に発明した株価表示機が4万ドルで売れて発明家としての輝かしい人生をスタートさせます。その後、24歳で結婚、相手はメアリーという16歳の娘、彼の研究所の従業員でした。

発明に没頭し、妻を失う

メアリーとの間には二男、一女をもうけました。一見幸福な結婚生活のようですが、エジソンは発明に没頭して家庭を顧みることがなかったため、メアリーは酒に溺れ、29歳で亡くなってしまいます。

そして2年後、エジソン38歳の時、18歳の娘マイナに惚れ込んでプロポーズ、プロポーズは発明王らしくモールス信号で行い、再婚しました。後妻となったマイナとの暮らしも以前と変わらず発明優先、何しろ結婚式もすっぽかした程です。

「君は誰だ」と言われても愚痴らぬ後妻

そんな猛烈仕事人間を夫に持ったマイナでしたが、前妻と違って不満を抱くことはありませんでした。彼女の父も発明家であったからです。おまけにエジソンは事業で大成功していましたから文句はなかったのかもしれません。

ある時など、マイナがエジソンに語りかけると、「君は誰だ」と返されたにもかかわらず、マイナは愚痴一つこぼさないで家庭を守りました。

生涯のほとんどの時間を研究室、実験室で過ごしたと言われるエジソン、マイナにとっては、「亭主元気で留守がいい」の典型のような夫でした。

とは言え、マイナのエジソンに対する想いの根底にはリスペクトがあったことも確かで、発明王夫人は決してぐうたら妻ではありませんでした。

image by: Louis Bachrach, Bachrach Studios, restored by Michel Vuijlsteke, Public domain, via Wikimedia Commons

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【著者】 早見俊 【発行周期】 週刊

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