新宿中村屋のカレーはなぜ生まれた?インド独立運動と相馬黒光の物語

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カレーを通じて知られる新宿中村屋には、インド独立運動と深く結びついた知られざる歴史があります。その背景には、インド独立運動家ビハリ・ボースを支援した相馬黒光の存在と、彼女が受けた教育がありました。今回のメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』ではジャーナリストの引地達也さんが、新宿中村屋とインドをつないだボースと相馬黒光の物語をたどりながら、教育が人の精神性や、その後の歴史に与えた影響について紹介します。

新宿中村屋とインドをつなぐカレーの物語と教育の下地

2026年9月16日、東京都新宿区の新宿中村屋本店のレストラン「グランナ」で、新宿中村屋とフェリス女学院大学のコラボイベント「中村屋のカレーはなぜ生まれたのか。」を開催した。

あいさつに立った私は、近年のフェリス女学院大学とインド、そして南インドにある大学との交流について紹介し、日印交流の原点であるインド独立運動家ビハリ・ボースと新宿中村屋、そしてフェリス女学院大学とのつながりを話した。

これは、最近のインド訪問の際、必ずインドのみなさんに説明する内容で、この共有は大学関係者とのさらなる関係強化のきっかけになっている。

イベントでは株式会社中村屋の広報・CSR部 島田千加子部長が「新宿中村屋の創業と純印度式カリー」と題して、創業から純印度式カリーが生まれるまでの経緯を紹介。

フェリスで学んだ相馬黒光や、黒光がかくまったインドの独立運動家ビハリ・ボースとの出会いにも触れながら、現在の「新宿中村屋の純印度式カリー」につながる歴史をたどった。

新宿中村屋のインドカレー(商品名はカリー)は全国のスーパーで購入できるメジャーな商品だが、いきなりインドと新宿中村屋とのつながりを示されても戸惑いがあるかもしれない。

第二次世界大戦における日本とインドの関係から少々説明したい。

当時、英国からの独立を目指すインドの民族運動は、対英戦争の有利なカードとして利用・支援しようとした日本の軍事戦略と連携し、双方は非常に緊密かつ複雑な同盟関係を結んだ。

マハトマ・ガンディーらが国内で非暴力の反英闘争を展開する一方で、日本は国外の過激派(武闘派)の独立運動家たちと深くかかわっていく。

特に重要なのが2人のボースである。

ビハリ・ボースは大正時代に詩人タゴールとともに来日し、そのまま日本へ亡命。
東京都内で「新宿中村屋」にかくまわれ支援を受けながら日本を拠点に独立運動を続けた。

この間、インドカレーのレシピを提供し、今でも日本中で親しまれている新宿中村屋の純印度式カリーが出来上がったのである。

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