世界を試す金正恩。北朝鮮の「何が」脅威かを改めて考える十問十答

 

9月11日に国連安保理が全会一致で新たな制裁決議を採択するなど、強化される北朝鮮への圧力。日本国内でも連日「北の脅威」について報道されていますが、実際、我が国は現在この時点で北朝鮮の「どのような脅威」に直面しているのでしょうか。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では、著者でジャーナリストの高野孟さんが、政府の対応及び一部マスコミ報道を「ヒステリックで見当違い」と一刀両断した上で、十問十答形式でこの問題を解決するための基本的なポイントを整理しています。

我々は北朝鮮のどういう「脅威」に直面しているのか──改めてそもそもから考えるための十問十答

北朝鮮のいわゆる「脅威」について、本誌はこれまでも繰り返し述べてきたけれども、最近のテポドン2と見られるミサイルの北海道東方に向けた発射実験とそれに続く初の水爆と見られる核爆発実験とによって政府とそれに盲従する一部マスコミは、ほとんどヒステリックと言っていいほどの過剰かつ見当違いの報道や分析を振りまいていて、これでは本当の問題解決はますます遠のくばかりと思われるので、改めていくつかの基本的なポイントについて整理することにする。

1.金正恩は判断力を失っているのか?

金正恩は残酷で偏狭な独裁者ではあるが、正常な判断力を失っている訳ではないというのが、世界中の戦略研究家の多数意見である。代表例を1つだけ挙げれば、米ペンタゴンに直結するシンクタンク「ランド・コーポレーション」の上級研究員マイケル・マザールとマイケル・ジョンソンの「封じ込め、抑止、転換/北朝鮮に対する成功戦略」(17年8月9日)は、北朝鮮に立ち向かうについて古典的な核抑止策は有効かどうかを検討する文脈の中で、こう述べている。

抑止は機能するし、すでに機能してきた。北朝鮮の政権は残虐で凶暴ではあるけれども、非合理的(irrational:理性を失っているわけ)ではないし、それほど予測不能というものでもない。北が何よりも優先しているのは政権の存続であり、だとすれば古典的な抑止こそが北の核能力に対処するための完璧な出発点となる。

要するに、話が通じる相手だと認定しているのである。

2.金正恩は米国を核攻撃したがっているのではないのか?

米国を核攻撃しうる核ミサイルを保有し、それを抑止力として作用させることによって、米国からの核を含む攻撃を受けることを回避することを目的としているのであって、北の方から米国に先制核攻撃を仕掛ける可能性は絶無である。

理由は簡単で、北はあと1~2年で核弾頭搭載ICBMを実戦配備する可能性があるが、それもせいぜいのところ1発ないし数発であり(上の目的のためにはそれで十分)、それに対して米国は今なお4,760発の核弾頭を保有しているのに加えて、圧倒的な通常戦力の優位を誇っているので、自分の方から米国攻撃に出れば即時に全土壊滅2,500万の全国民死滅に至ることを熟知しているからである。

3.それにしても、核武装することで体制維持を図ろうとするのは余りにも異常ではないか?

異常なのは、北朝鮮が置かれてきた国際的ステータスである。周知のように、北と米国・韓国は1953年に朝鮮戦争の休戦が成立して以来今日までの64年間、38度線を挟んで「撃ち方止め!」の号令が掛かったまま国際法上は交戦国同士の関係にあって、北の側から見れば、「いつまた米韓両軍の攻撃を受けないとも限らない」という恐怖の中でこの3分の2世紀を生きてきた

しかもその恐怖は、朝鮮戦争の最中に米国が一時、核兵器の使用を決意しかかったという歴史的事実に裏付けられていて、いつ核を撃ち込まれるかという核の恐怖」と深く結びついてきた。

中国軍の参戦によって一気に劣勢に追い込まれてパニック状態に陥ったマッカーサー国連軍司令官は、「満州に50個の原爆を投下し中ソの空軍力を壊滅させた後、海兵隊と台湾の国民党軍合計50万名で中国軍の背後に上陸して補給路を断ち、38度線から進撃してきた第八軍と中朝軍を包囲殲滅、その後に日本海から黄海まで朝鮮半島を横断して放射性コバルトを散布し、中ソ軍の侵入を防ぐ」という、まさに狂気としか言い様のない過剰な作戦を進言し、トルーマン大統領と対立、解任された。しかし、このことを通じて、米国というのは自分が困ったら後先も考えずに平気で他国に核攻撃をしかねない恐ろしい国なのだということが、広く世界で認識されることになった。それで毛沢東も金日成も核武装を決意するのである。

朝鮮戦争が終わったのに、その後3分の2世紀も休戦状態のままで、平和協定締結による公式の戦争終結がなされてこなかったことが異常なのであって、北が異常で米国が正常であるという拝米主義的な前提でこの問題を捉えようとすると迷路に陥る。

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