【マニアック映画鑑賞】超話題作『ゴーン・ガール』の全カット数を数えてみた

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まぐまぐ大賞2014の有料部門エンタメジャンルで入賞を果たしたメルマガ、入江悠presents「僕らのモテるための映画聖典」。このメルマガの超人気コーナー、放送作家・林賢一のストイック映画評「終わった恋と、映画を数える」が独自の切り口を持った映画評として注目を集めている。

ちなみにこのコーナーは、1本の映画における場面の切り替わり「カット数」を全て数え、そこから見えてくる背景、分析されるものを語るというものだ。

今回は『ソーシャル・ネットワーク』『セブン』などを監督した鬼才デイヴィッド・フィンチャーの最新作で昨年末に公開された『ゴーン・ガール』を取り上げている。

なお本稿は連載の性質上、多くの「ネタバレ」を含む。そのため、映画をまだ見ていないという方は要注意だ。

 

さて、新年一発目に数えてきた映画は……
『ゴーン・ガール』。
去年から今年にかけて、会う人会う人と「『ゴーン・ガール』ヤバいよね」「あのカット、スゴいよね」「なんか絶望したわ」など、ずっと喋っていたような気がします。

では、『ゴーン・ガール』の具体的にどんな所がスゴいのか。カットを数えながら、もう一度考えてみました。映画の紹介は省略します。デビット・フィンチャー監督の新作。ベン・アフレックとロザムンド・パイクが夫婦役を演じる。これだけで充分でしょう。今回は公開から時期も経っているため大いにネタバレありです。未見の方は映画鑑賞後にお読み下さい。

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『ゴーン・ガール』のファーストカットは、ロザムンド・パイク演じるエイミーの後頭部がアップになり、その髪を撫でている旦那・ニックのボイスオーバーで始まります。「何を考えてる? どう感じている? どうしてこうなった?」するとエイミーが画面に振り向きます。その顔は真横を向いており、無表情。その頭蓋骨の中では、どんな思考が渦巻いているのか?エイミーはその表情から何も読み取れないよう、ただただ旦那・ニック(の方向)を見据えています。顔は真横のままです。これから巻き起こるドラマはエイミーの思うがままになるのでは?そんな余韻を残して、映画は幕を開けます。

冒頭でエイミーが失踪し、ニックが彼女を捜し求める下りでは、カットに特筆すべき点はあまりありません。適度にカットを割り、物語が進行していきます。1時間10分を過ぎたあたりで、この失踪事件がエイミー本人による自作自演だったことが判明します。ここからカットが急激に細かくなります。エイミーがどのようにしてこの事件を作り上げたのか、それらを細かいカットで連打してゆき、彼女のナレーションでテンポ良くその手際が紹介されていくのです。

そして何よりも驚いたのが、それまで「理想の妻」というイメージだったエイミーの真のグロテスクな性格をたった1カットで表現したことです。そのカットは、エイミーが逃亡先で知り合った女友達との関連で挿入されます。変装しているエイミーは、その女友達の気にくわない発言を聞き、彼女がトイレに行っている隙に、飲みかけのジュースに自分の唾を垂らします。彼女が何も知らずに戻ってきてジュースを飲み、ご満悦のエイミー。重要なのはこのカットではなく、その次のカットです。自分の部屋に戻りながらエイミーは「あいつ超バカ、私の唾入りのジュース飲んでやがんの! てへ!」と思ったか思わないかは分かりませんが、スキップしながらジャンプし、空中で身体を綺麗な【C】の字に曲げるのです!この身体の角度と手足のバランスがまさに完璧としか言いようがありません。エイミーの性根の悪さすべてを1カットで表現している素晴らしいカットです。

しかも、この絶妙なジャンプはエイミーの大きな分岐点にもなります。女友達とパターゴルフで遊んでいるときにもこの【C】の字ジャンプが反復されるのです。エイミーはこのジャンプをきっかけにして大金を失い、元彼・デジーに助けを求めた結果、監禁されることなります。

そして、素晴らしいカットがもう1つ。エイミーがデジーを殺害し、ニックの家へと血まみれで戻ってくるカットです。まず、ニックが「このクソビッチが」とエイミーの耳元で囁きます。直後、エイミーがニックの腕に抱かれるようにして倒れ込むそのカットは、バチコーン! と「完璧に決まった!」カットとしか言いようがありません。そしてカットが変わり、ニックの腕に抱かれたエイミーから遠ざかるように、カメラは空中に上昇してゆき、2人に群がっていく報道陣を俯瞰から捉えます。このカットも完璧です。完璧なカットが2つも連続する奇跡を目の当たりにして、わたくしは震えました。(初見では、この一連は1カットだと思いました。それくらい繋ぎがスムーズです)そしてフェイドアウト。ほんの僅かに黒味がインサートされ、物語は3幕へと突入。

ああ、エイミーがデジーを殺害するカットのファンタスティックさを忘れていた!あのカットも特殊で、カットとカットの間に黒味がインサートされ、それによってコマ落ちのような感覚を味わえ、殺害の臨場感が倍増していました。

1つ1つのカットを挙げていくとキリがないのでラストカットに飛びます。ラストカットはエイミーの後頭部をニックが撫でる、という冒頭と全く同じカット……と1回目に鑑賞したときは思っていました。ですが、2回目の鑑賞でカットを数えたので断言できます。冒頭とラストカットが微妙に異なります。後頭部を撫でられるエイミーまでは同じカットなんですが、その後に振り向く角度が違うのです。冒頭のエイミーはほぼ真横に振り向いていましたが、ラストカットのエイミーはそれよりもやや顔を正面に向けて振り向きます。この微妙な顔の角度の違いが、ニックのナレーションと響き合います。「何を考えてる? どう感じている? どうしてこうなった?」ここまでは冒頭と同じですが、こうボイスが付け加えられています。「そして、これからどうなる?」

冒頭とラストの、ほぼ同じように見えるのに、絶妙に顔の角度が違うカット。これは何を意味しているんでしょうか?カット職人的には「エイミーの勝利宣言」を感じました。エイミーが勝利した。そのことを示すために、冒頭よりも顔が僅かに正面を向いている。この気づくか気づかないかの極微妙なラインにフィンチャーは賭けました。はっきりとは認識できなくとも、観客の無意識に忍び込んでくる演出の典型でありましょう。僕たちの無意識にこっそり忍んでくるのが映画なのです。そう、やはり映画はカットの積み重ねでしかあり得ません。1つ1つのカットが観客に届くと信じる、それだけが優れた監督の条件かもしれません。

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『ゴーン・ガール』の総カット数は2075カットでした。おお、カット大台の2000カットを超えてきました!上映時間は149分なので、1カット平均は約4.3秒になります。

映画好きの方ならすでに『ゴーン・ガール』は鑑賞済みでしょう。これらのカットに注目して、2回目の鑑賞もオススメですよ。レビュー的には『ゴーン・ガール』は星3つ(☆☆☆)!!!いや~、カットって素晴らしいですね。

映画の新しい楽しみ方を提案してくれるこちらのコーナーは入江悠presents「僕らのモテるための映画聖典」にて好評連載中だ。

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