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東芝「身売り危機」は終わらない。社長交代劇で見えた根本的な欠陥、稼ぎ頭なき延命企業に未来はあるか?=馬渕磨理子

東芝の「買収問題」は4月末現在、いったん沈静化したように見えます。しかし、根底に横たわる本質的な問題は何も解決していません。今回の経緯を整理しながら、東芝の将来性について考えます。

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プロフィール:馬渕 磨理子(まぶち まりこ)
京都大学公共政策大学院、修士過程を修了。フィスコ企業リサーチレポーターとして、個別銘柄の分析を行う。認定テクニカルアナリスト(CMTA®)。全国各地で登壇、日経CNBC出演、プレジデント、SPA!など多数メディア掲載の実績を持つ。また、ベンチャー企業でマーケティング・未上場企業のアナリスト業務を担当するパラレルキャリア。大学時代は国際政治学を専攻し、ミス同志社を受賞。
Twitter:https://twitter.com/marikomabuchi

東芝「買収劇」を引き起こした本質的な問題

東芝に対して、英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズが一時TOB(株式公開買い付け)による非上場化を東芝に提案し、車谷暢昭社長兼CEOが辞任するまでに至っています。

4月末時点では、東芝の「身売り危機」は去ったかのように見えますが、根底に横たわる本質的な問題は何も解決していません。

東芝は半導体や原子力など日本の経済安全保障に関わる技術を保有していることから、安全保障の側面からも重要な企業です。

今回の東芝事件は何が問題で、今後の東芝はどのようになっていくのでしょうか? 3分で解説します。

「東芝の危機」は東証2部への降格以前から継続

東芝は、米国の原子力発電所事業の失敗で債務超過に陥ったことなどから、2017年8月に東証1部から2部に降格しています。

その後、メモリ事業の売却など財務体質の改善を図り、21年1月29日に約3年半ぶりの1部復帰となりました。

この3年間に何があったのでしょうか。

東芝は、2部降格後、2017年12月にファンドなど約60社の海外投資家を引き受け手として約6,000億円の資本増資を行っています。その際に、これらの海外投資家が株主となりました。

結果、東芝の株主構成は「物言う株主」を含む海外投資家が一時、約7割を占めている状態となり、「物言う株主」=アクティビストとの関係が問題となっています。

東芝は、「誰を見て経営しているのか」ということです。

実際、東芝は半導体子会社「東芝メモリ」を売却した際の利益1兆円のうち、7,000億円を事業展開のためではなく、「自社株買い」に使っています。一般的に、自社株買いをすれば、1株当たりの利益(価値)が高まるので、株価が上昇しやすくなります。

東芝は、「物言う株主」の顔色を伺わなければならない構造になっているのです。

18年6月に約7,000億円の自社株買いを行い、株価が一時上昇したことで、ファンドに利益をもたらしています。

本来であれば、買収した利益を本業のビジネスを成長させるために使うことが望ましいです。ファンドも、真に東芝を混迷から脱出させる気があるならば、目先の利益だけを追うのではなく、しばらく見守るという姿勢も求められます。

Next: 車谷代表交代に「利益相反」疑惑。事業の切り売り・解体の危機は続く



車谷代表交代の背景

さらに、今回の東芝買収提案をめぐっては「利益相反」が問題となっています。そもそも、なぜ、車谷氏の辞任に至ったのでしょうか。

東芝は2部降格後、18年4月に車谷暢昭氏を社長兼CEOとして経営陣に迎え入れましたが、今回、東芝の買収提案をした英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズ(以下、CVC)の元代表を車谷氏が務めていたことが問題となっています。

CVCの提案内容は東芝株全株を買い取って非公開化し、外部の影響を受けない経営体制にする内容となっていました。このCVCによる提案の是非を、取締役会として判断することになりますが、CVC出身の車谷氏が代表取締役として参加すること自体が、利益相反関係にあるのではないかと見られたのです。

車谷社長がCVCの元トップだったからといって、直ちに利益相反・違法性があるということにはならないでしょう。しかし、疑念を抱かれやすい状況であると判断されたのです。

また、東芝は幹部社員を対象に「社長の信任調査」を行っています。直近の調査で、車谷氏の支持が落ち、半数以上が車谷氏を不信任とする意思表示をしていたのです。

このままでは、社長続投が難しい状況であったことから、古巣のCVCが「東芝に経営陣の維持を前提」とした買収提案を行い、車谷氏は社長続投するための保身を図ったのではないかと報道されています。

「事業の切り売り・解体」の危機が去ったわけではない

このあたりは、報道ベースでしか定かではないですが、このような疑念が出ること自体が、東芝の経営に対する信頼を喪失している表れでしょう。

現段階では、CVCによる東芝への買収提案はひとまず収束する方向となっています。

しかし、東芝から「事業の切り売り・解体」の危機が去ったわけではなく、前述の通り「物言う株主」=アクティビストの意向を汲みながらの経営を継続しなければなりません。

今後も、物言う株主は企業価値の上昇による、自分たちへの利益の還元という要求を求め続けるでしょう。

今後の東芝の将来性は?

東芝は昨年11月に中期経営計画「東芝Nextプラン」を公表していますが、現段階では、前向きな成長を伴った実現は難しい計画となっています。

同プランでは営業利益が2019年度1,305億円、2020年度見込みが1,100億円でしたが、2025年度計画では4,000億円となっています。2020年度から急速に成長が拡大する計画になっています。

売上高の計画も、2025年度の売上高を4兆円としていますが、現状の東芝には稼ぎ頭になる事業が見当たりません。

利益を積み増すには、事業を成長させるというよりは、手持ちの資産や事業を売却していく「切り売り」による延命の方法を取るしかありません。

その売却候補が半導体を手掛ける、評価額が約3兆3,000億円規模のキオクシア・ホールディングスです。旧東芝メモリで、昨年10月に東京証券取引所への上場を予定していましたが、米政府の取引規制によって先行きの不透明感が高まったとして、上場を延期しています。

半導体分野はバイデン米政権が中国デカップリングを進めている最重要分野です。サプライチェーンの再構築戦略を進めているなかで、マイクロン・テクノロジーやウエスタンデジタルといった米企業がキオクシアの買収検討に入ったと報じられています。

Next: 企業は誰のもの?東芝の持つ特許は魅力的だが…



東芝の持つ特許は魅力的だが…

東芝は、その他、技術特許を数多く保有しています。半導体関連技術、パワー半導体事業、レジのPOSシステムも複合機、自動車・モビリティ関連技術など魅力的な技術が多数挙げられます。

しかし、東芝はここまで、医療、半導体と付加価値の高い事業分野から切り売りしていきました。その結果、鉄道インフラ、発電、エレベーター、レジシステムなど多彩な分野を幅広く手掛けていますが、成長分野の核になる事業がない状態です。

技術を切り売りすることで時間稼ぎをしている間に、稼げる核となる事業を育てることに注力しなければ、何も残らない企業になりかねない。そのような、状況が刻々と差し迫っているのです。

「会社」は誰のものなのか

東芝がなぜ、このような状況に陥っているのかは、「会社は誰のものなのか」という問いを立てることで本質的な問題と向き合うことになります。

この問いは、非常に難しいテーマではあります。資本主義社会の中では、今のところ「会社は株主のもの」です。

しかし、東芝の今回の経緯を見れば、「株主資本主義」が果たして、正しいのかといった疑問を持つ人も多いでしょう。真の意味で企業の成長を応援し、支えるマインドを持つ株主の姿が求められます。

ファンドにそのような人間性の側面は必要ないとの意見があるかもしれませんが、そうでしょうか。

金融の本来の姿は、企業の成長を資本という力で、側で支えることです。成熟した資本主義社会において、今一度、金融も原点回帰が求められているように感じます。

東芝を取り巻く「物言う株主」は“人間性”が高いというよりは、“金融性”が高いファンドが集まってきているといえます。言い換えれば、人間的要素の低いファンドが集まってきていること自体が、それもまた、その企業の「価値」を皮肉にも表しているのです。

昨今では、株主だけを重視するのではなく、従業員や環境、地域社会などを同時に重んじる「ステークホルダー資本主義」への移行がテーマとなっています。

東芝の件は、「株主資本主義」の限界が露呈している1つの事例だと言えるでしょう。人間性の高い投資家が東芝を支えている。そんな企業の姿に生まれ変わることを期待します。

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image by:Cineberg / Shutterstock.com

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2021年5月1日)
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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