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TPPとメガFTA 「薔薇色ではないが、お先真っ暗でもない」日本の未来図=子貢

安倍総理は「TPPは成長戦略の切り札」であるとしていますが、TPPが日本の経済成長に寄与すると言う見方は、皮相的と言うか口実に過ぎず、その真相は「今後の国際経済の分捕り合戦」と言って差し支えありません。

そして、何かと批判も多いTPPおよび「メガFTA」構想が浮き彫りにするのは、薔薇色ではないが、お先真っ暗でもないことに満足しなければならない、そんな日本の未来図です。(子貢)

プロフィール:子貢(しこう)
1960年、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。一部上場化学企業にて約15年間にわたり、国内外の営業部門に在籍、その後は外資系金融機関と個人契約を結び、レポート等の翻訳業務に従事。投資サークル「千里眼の会」の発起人として主宰、現在に至る。

東アジア~インドが環太平洋地域の準主役たる日本の管轄下に?

「EPA(経済連携協定)」の一種であるTPP

今年(2016年)2月4日、日本を含む12か国の間で合意に達したTPP協定交渉(注1)ですが、その中身はとなると案外、知られていません。

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ここは「餅は餅屋」の諺もある通り、当事者たる外務省の声明文に則って話を進めたいと思いますが、その説明に従えばTPPとは、「(日米を含む環太平洋)12か国からなる経済連携協定(EPA)」です。(注2)(注3)

FTA(自由貿易協定)とEPA(経済連携協定)の定義に就きましては、注3をご参照願いますが、ここでは「TPPはEPAの一種」である点にご留意願いたいと思います。

では何故、TPPが調印されるに至ったのか、それに対して大きな反対の声が上がるのか、それを理解するためには、1929年の大恐慌時代にまで遡る必要があります。

「二国間GATT」としてのEPA(経済連携協定)

1929年10月の「暗黒の木曜日」に端を発した大恐慌(世界恐慌)以降、米英仏と言った「持てる国」はブロック経済を採用し、それぞれの保護国や自治領、植民地を囲い込む排外主義が、国際経済の潮流となりました。

これに対し、日独を筆頭とする「持たざる国」が、生存圏を求めたことで勃発したのが第二次世界大戦で、その被害が過去に例を見ない深刻なものであったことは御既承の通りです。

それに対する反省から、自由主義国家群が「ブロック経済より自由貿易」との見解で一致したのは当然の成り行きで、その象徴的存在がGATT(関税及び貿易に関する一般協定)でした。(但し米ソ冷戦の当時、旧ソ連を含む社会主義諸国は除外されましたし、社会主義陣営も自由貿易体制に与する意志は毛頭ありませんでした)

GATTが自由貿易の拡大に貢献したのは間違いありませんが、社会主義ブロックを除くほぼ全ての国々(1995年時点で125か国)が参加していたため、合意の形成が容易でなかったことは想像に難くありません。(注4)

要は、GATT(及びWTO)体制下では加盟国が多すぎるため、何らかの変更を加えたりするのに膨大な時間と作業が必要で、個別事案を協議するには不向きな制度だったのです。

そこで浮上したのがEPAとFTA、これなら二国間だけで関係を深化させ、自由化の範囲を広げることが可能、そのためEPAやFTAは、「二国間GATT」とも言うべき性格を有しています。

Next: EPAが目の仇にされるのは「利点より副作用の方が大きい」から


(注1)
Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreementの略称。複数の訳語が存在するが、ここでは外務省の用例「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定」に統一する。従って単にTPPと表記する場合、「TPP協定」を意味する

(注2)
環太平洋パートナーシップ(TPP)協定(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tpp/

(注3)
経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/
それによると、外務省はこれらを以下の通りに定義している。
FTA:特定の国や地域の間で、物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的とする協定
EPA:貿易の自由化に加え、投資、人の移動、知的財産の保護や競争政策におけるルール作り、様々な分野での協力の要素等を含む、幅広い経済関係の強化を目的とする協定

(注4)
GATTの後進が、1995年に発足したWTO(World Trade Organization、世界貿易機関)で、161の国と地域が加盟(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/wto/gaiyo.html

EPAが目の仇にされるのは「利点より副作用の方が大きい」から

それでは、GATTに対しては評価が批判を上回ったのに対し、なぜEPA並びにFTAが目の仇にされるのか、一言で表現すれば「利点より副作用の方が大きい」との見方が支配的になりつつあるからです。

その例として、NAFTA(北米自由貿易協定)米韓FTAを挙げたいと思います。(因みに、韓国は2011年7月にEUともFTAを締結しています。それが「EU韓国FTA」です)

国内労働者にとっては百害あって一利なしのNAFTA(北米自由貿易協定)

まずNAFTA(1994年1月発効)ですが、加盟国は米国、カナダ、メキシコ三ヵ国、経済環境が異なる近隣諸国の貿易協定ですので、それぞれの国民に支持されているかと思えばさにあらず、20年以上を経た今でも非難が絶えないのが現実です。

確かに加盟国間の貿易額は増加し、それぞれの国富が増大したのも事実ですが、それが各々の国民にまで波及しているかと言えば、疑問符を付けざるを得ません。

すなわち、「膨張した貿易額と国富」がもたらしたものは、「雇用情勢の悪化と、富の再分配機能の麻痺」だった訳です。

今回の米国大統領選挙で、共和党(トランプ候補)と民主党(サンダース候補)を問わず、貿易の自由化に反対し、TPPに難色を示す候補者が善戦し、ウォール街と昵懇な候補(ヒラリー・クリントン候補)が苦戦している背景には、この様な事情があります。

米国企業からすれば、生産コストが廉価な国の方が好ましいですので、賃金の安い国(メキシコ)に製造業を移転することになり、結果的に国内労働者は失業を強いられるか、実質賃金の切り下げを余儀なくされる事態となります。

従って全米の一般労働者からすれば、FTAであろうがTPPであろうが百害あって一利なし、恩恵がないのだから、そんな代物は止めてしまえと言う結論になります。

この「反自由貿易主義」的主張が、為替操作に対する非難に繋がることは容易に理解し得る話で、トランプ氏が円安を槍玉に挙げているのも、今のドル円相場は不当に日本側に有利、為替が適正水準にあれば、対日貿易赤字は発生しないと言う理屈です。

変則的な為替管理を実施している中国(人民元)に対する批判がより露骨なのも、この「反自由貿易主義」の立場からすれば、当然の帰結です。

国民経済の発展よりも財閥の繁栄を選んだ米韓FTAの「毒素条項」

2012年3月に発行された米韓FTAには、別の意味での問題点が存在します。

毒素条項」です。

これに就いては外務省も頬被りしていますので、別の資料(注5)を引用させて頂きますが、米韓FTAが、徹底的かつ一方的に米国に有利な不平等条約と言う点に着目しなければなりません。

それでも韓国が全面的に呑んだ理由は何か、韓国系財閥が「国民経済の発展」よりも「財閥の繁栄」を選択したからです。

輸出一本足経済」と揶揄される韓国ですが、その輸出を支えているのは、サムスンや現代に代表される十大財閥です。

GPDに占める輸出比率が高い現実を踏まえると、輸出の拡大は国益に叶うと考えられなくもありませんが、ここでも問題になるのが「富の再分配機能の麻痺」で、官僚組織と公企業(天下り公的機関)を支配下に置く財閥に、富が集中しているのが現状です。

換言すれば、韓国は国民主権ではなく「財閥主権」、財閥の創業者一族が国家を差配しているのですから、国民生活よりも自己の利益を優先しても不思議ではありません。

Next: TPPと「メガFTA」構想が浮き彫りにする日本の未来図



TPPと「メガFTA」構想が浮き彫りにする日本の未来図

ここで漸くTPPの出番ですが、その前に、「メガFTA(注6)なる言葉をご存知でしょうか。

これを知らないと、TPPに就いても「木を見て森を見ず」の状況に陥りかねません。

「メガFTA」に関しては、微に入り細に入った解説を外務省が施してくれていまして、これを読めばTPPの全てが分かると言っても誇張ではないのですが、それによればRCEP(東アジア地域包括的経済連携)、TTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)、日EU経済連携協定(日本EU EPA)、そしてTPPの四本柱から成るのが「メガFTA」です。(注7)(注8)(注9)

そして一目瞭然とはこのこと、四大「メガFTA」の内、日本は三案件に関わっていますし、中韓がTPPから除外されている理由も浮かび上がってきます。

つまり「メガFTA」構想からは、

「環太平洋地域に就いては、米国が主役で日本が準主役。この両国が仕切ることになり、概ね米州は米国が、東南アジアは日本が担当する」
「力関係を勘案すれば、日本は米国に対し、多少の譲歩は強いられるものの、毒素条項は適用されない
東アジアからインドに至る地域は、日本の管轄下に入る。中韓は日本が差配すると共に、中韓から米国への富の移転を監督する」
「環大西洋地域においては、米国が主役でEU(欧州連合)が準主役だが、EUが崩壊過程にあると仮定すると、いずれ米国が欧州を呑み込むことになる」
日本と欧州は、現段階では同格
「ロシアが除外されているが、少なくとも極東は、いずれ日本の経済圏に入る」

と言った「未来図」が浮き彫りになります。

従って安倍政権は、米国大統領選挙の結果次第の側面もありますが、早期に批准する公算が大きいと言う結論に達します。

誤解の無い様に申し上げますと、クリントン候補が当選した場合の方が、日本のTPP批准は暫時先送りになり、トランプ当選の方が早期批准に踏み切り易いのです。

つまりクリントン候補は「支持基盤は黒人、資金源はウォール街」、その矛盾を突かれて苦しんでいるのですから、当選した暁には、黒人を優遇し反ウォール街の姿勢を鮮明にする必要があり、それは保護貿易的傾向を強めることを意味します。

対するトランプ候補は、「反自由貿易主義」を謳って支持を獲得しているのですから、現状では無理ですが、条件さえ整えば、例えば為替水準を是正する「21世紀版プラザ合意」が成立したり、「不公正で不平等な交易条件」が解消されれば(=中国が統制経済と為替操作を放棄すれば)、TPPに就いても話に乗ることが出来ます。

以上を踏まえると、トランプ大統領誕生の方が、安倍総理としては批准し易いと言えますし、TPPが日本の経済成長に寄与すると言う見方は、皮相的と言うか口実に過ぎず、その真相は「今後の国際経済の分捕り合戦」と言って差し支えありません。

Next: 幸か不幸か?日本が「メガFTA」構想で優遇される本当の理由


(注5)
「米韓FTAの驚くべき内容」(http://www.jpkeizai.info/jeco_weco/fta.html

(注6)
内閣官房TPP政府対策本部「TPP協定交渉について」[PDF](http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/ssa/260325setumeikaisiryou.pdf

(注7)
東アジア地域包括的経済連携(RCEP)(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/j-eacepia/

(注8)
環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2014/html/chapter3_03_01.html)

(注9)
日EU経済連携協定(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page6_000042.html

幸か不幸か?日本が「メガFTA」構想で優遇される本当の理由

さて、知らぬ間に進捗している「メガFTA」構想ですが、これだけ複雑な仕組みを最初に考案したのは誰でしょうか。

NAFTAを取り上げた際に、敢えて触れませんでしたが、「国富が増しているのに雇用環境が悪化し、富の再分配がなされていない」のであれば、どこかに富が偏在している筈です。

つまり、NAFTAと「メガFTA」のいずれにおいても、最大の受益者は誰か、それは米国系金融資本、厳密には金融機関と全米富裕層、及び米国企業幹部です。

ご留意願いたいのが、「メガFTA」と言っても実態は「メガEPA」です。(現に「日本EU EPA」と表記されているのですから、頭隠して尻隠さずです)

FTAとEPAの最大の相違点は「資本の移動の自由」、実はFTAでもなし崩し的に認められていますが、やはりこれを表沙汰にすると、纏まる話も纏まらなくなります。

ですからあくまで「メガFTA」、黒子の米国系金融資本は表舞台に立ちたくないのです。

それでは何故、日本が「メガFTA」構想で優遇されているのか、それは将来の新秩序に耐え得る体力を持ち、尚且つ、米国にすらない特長を兼ね備えている点にあります。

端的に言えば、「金融経済が健全なうえ、製造業の更なる高付加価値化が見込める」から、平たく言えば、日本に利用価値を見い出した米国系金融資本が、当面は国際秩序維持の相方として処遇しようと言うのが、その魂胆なのです。

TPPが苦痛を伴わないとは言いませんし、富の集中と所得格差を促す悪影響も否定するものではありません。ですが、金融経済が拡大する一方で、製造業が高付加価値化路線を維持出来るのであれば、失業や実質賃金の低下は最低限に抑えられます。

それと行財政改革の必要性が浮上してくる筈で、高付加価値化の大前提は競争社会ですから、競争原理が働かない官僚組織の簡素化は避けて通れませんし、2020年以降は財政赤字の削減が議題に上ります。

その意味で、大きな政府に傾く安倍内閣は、長期的視野(=「メガFTA」構想)に立てばあくまで「暫定」、上述の課題が表面化するのと前後して、小さな政府を志向する政権に移行するものと考えられます。

薔薇色ではないが、お先真っ暗でもないことに満足しなければならない、そんな状況を甘受せざるを得ないことになります、それでも諸外国よりは恵まれているのですから――

追記:下記ブログも併せてお読み頂ければ幸いです。
近現代中国考
真・現代の超克

(了)

【関連】「クリントン相手ならトランプが勝つ」アメリカ大統領選 票読みの結論=子貢

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