マネーボイス メニュー

日本を襲うコロナ・低賃金・物価高の三重苦。米国の「一過性」インフレとは異なる危険な兆候=斎藤満

米国の高いインフレ率が注目されていますが、日本のインフレも無視できない状況になってきています。コロナによる経済再開の遅れもあり、賃金は上がらないまま物価上昇が長期間に渡って続く可能性があります。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2021年8月16日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

日銀目標「2%の物価上昇」を上回るインフレが起きている

米国の高いインフレ率が注目されていますが、実は米国だけでなく、世界にインフレ圧力が高まりつつあります。ロシアやブラジルでは今年になって、ともに4度の利上げを行っています。資源価格の上昇がこうした国のインフレ率を高め、それが米国にも広がり、金融緩和の修正が論議されるようになりました。

その流れの埒外にあると見られている日本でも、密かにインフレが忍び寄っています。菅政権の圧力によって、4月に携帯通話料の大幅な引き下げがあったため、その陰に隠れて全体ではゼロインフレのように見えますが、実は春以降の物価上昇は、瞬間風速でみると政府日銀の2%の物価目標を上回っています。

例えば、総務省の「消費者物価」統計の東京都区部版は7月までの結果が分かっていますが、これによると4月から7月までの3か月間の限界的な物価上昇率は、全体でも「コア」でも年率2.8%となっています。エネルギーも除いた「コアコア」でも年率2%の上昇となっています。

この20年間の平均インフレ率はCPIで年率0.1%の上昇と、日本では「インフレ」という言葉がもはや死語になりつつありますが、この春以降の物価はまさかの高い上昇となっています。

原油価格の上昇でガソリン価格が20%もの上昇を見せているほか、他の資源価格、穀物価格の上昇の余波や半導体不足で供給が制限されるエアコンや自動車などが高くなっています。

パイプラインにまだインフレの種

この上昇がやはり一時的なものか、今後も続くのか、1つの参考指標として、川上の指標があります。日銀の国内企業物価をみると、7月の数字は前月比1.1%の上昇と、6月の0.6%を上回り、前年比で見ても、6月の5.0%から7月は5.4%に上昇率が高まっています。

さらに川上の輸入物価(円ベース)について見ると、前月比は1.8%の上昇と、6月の2.6%からやや減速しましたが、それでも高水準の上昇となっています。前年比では27.9%の上昇と、前月の28.4%に続いて高い上昇を続けています。これらの数字は、パイプラインにまだインフレの種がたまっていて、これが今後、消費者物価の上昇圧力となる可能性を示唆しています。

Next: 米国の「一過性」インフレとは違う?日本が警戒すべき理由



米国の「一過性」インフレとは異なる日本の事情

川上の動きから見て、8月以降も物価上昇圧力がかかる可能性が示唆されていますが、これらが米国でいうような「一過性」のものかどうか、チェックしてみる必要があります。

米国と同様、資源価格高など、海外からの輸入インフレ圧力にさらされている点は共通です。原油価格はこのところ頭打ちの感が見えますが、資源価格全体の上昇が一時的かどうかは予断を許しません。

また半導体不足などは日米で共通していますが、中国での洪水や供給体制の遅れから見て、その解消にはまだ時間がかかりそうです。一時的というには、やや長めと見る必要あります。

そして日米で決定的に異なるのが、規制解除による経済再開と、これによる需要回復の集中です。

米国では確かに経済規制が短期集中的に解除されました。ワクチン接種の高まりで、感染者数が減り、続いて入院患者、死者数が明らかに減ったため、多くの州で外でのマスク着用の義務を外したり、スポーツイベントでの観客の入場制限も解除。旅行需要も急回復して航空需要、クルーズ船の需要も急回復しました。これで旅行関連の価格が上昇した面はあります。

当局はこの需要集中が一巡すれば、物価上昇も和らぐと見ていて、実際7月の航空券価格は0.1%ながら下落しました。

これに対して日本の事情はまったく異なります。そもそも、緊急事態宣言を発令し、まん延防止等特別措置をとりながらも、人流は減らず、他の国のようなロックダウンなどの規制が取られたわけではありません。あくまで「お願い」ベースで国民、企業の自粛を求めたのですが、次第にこの要請を無視する動きが広がっています。緊急事態宣言下で酒類を提供する飲食店が増えています。

またワクチン接種のペースもここへきてワクチンの供給制約からスピードダウンが目立ち、一時1日140万回を超えていたのが、最近では1日60万回台に低下し、予約をキャンセルされるケースも見られます。2度のワクチン接種を完了した人はまだ4割にも届きません。このため、日本の新規感染者数はデルタ株優勢の中で、1日2万人を超え、全国的な感染爆発になっています。

これを見ると、欧米のような規制解除は遠く及ばず、緊急事態宣言やまん延防止等特別措置の適用拡大、期間延長のリスクが高まっています。

つまり、米国のような経済再開による需要の集中がない中で、物価がジワリと上昇している形になっています。その分、一時的では済まない上昇と言えそうです。

Next: 賃金が増えない中での物価上昇。日本国民を三重苦が襲う



賃金が増えない中での物価上昇

2%の物価目標が達成されれば、政府日銀は嬉しいかもしれませんが、現在進行中の物価上昇は、日銀の言う「所得から支出への前向きな循環」によるものはありません。

むしろ賃金所得が減少(6月の実質賃金は前年比0.4%減)する中での物価上昇で、輸入インフレと半導体不足によるボトルネック・インフレ、さらに温暖化、自然災害増による保険料の上昇など、国民にとってはいずれも困った上昇です。

海外に所得を奪われる形のインフレ進行で、企業が収益を削って負担するか、消費者に価格転嫁して消費者が負担するかしかありません。

もともと日本のGDP成長が低いうえに、輸入コスト高で交易所得がマイナスになる分、GDPよりもGDI(国内総所得)がさらに低くなり、これが今年もマイナス成長となるリスクがあります。

コロナの感染拡大、賃金雇用の減少、そのなかでの物価高。少なくとも三重苦となります。せめてこの中の1つでも改善しないと、政府への信頼は大きく揺らぐばかりです。

続きはご購読ください。 初月無料です

【関連】NHK受信料削減の切り札「Eテレ売却」にTV各局が反対するワケ。田中角栄と電波利権の闇=原彰宏

【関連】ブラック企業が社員を退職に追い込む3つの方法。コロナ下のリストラ手口とは?=新田龍

<初月無料購読ですぐ読める! 8月配信済みバックナンバー>

※2021年8月中に初月無料の定期購読手続きを完了すると、以下の号がすぐに届きます。

2021年8月配信分
  • 無視できない日本のインフレ(8/16)
  • 米中抗争、コロナで思わぬ展開に(8/13)
  • ハードルが下がったFRBの緩和縮小(8/11)
  • 無政府と統制強化の悪循環(8/9)
  • 菅総理の五輪が終わるとき(8/6)
  • FRBの信任が試される半年(8/4)
  • 中国、体制維持のための巨大な代償(8/2)

いますぐ初月無料購読!


※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2021年8月16日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>

※初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込880円)。

2021年7月配信分
  • デルタ株が緩和修正の動きを制約するか(7/30)
  • ワクチン接種から見た日本の景気シナリオ(7/28)
  • 国民の犠牲のもとに強行された五輪の意味が問われる(7/26)
  • 絶好調な米国経済に2つの落とし穴(7/21)
  • 脱炭素の長期計画では間に合わない温暖化対策(7/19)
  • リスク経済はチャンスと背中合わせ(7/16)
  • 需要不足を財政で補填すべき(7/14)
  • ワクチン不足対策を急げ(7/12)
  • 習近平政権に立ちはだかる4つの難題(7/9)
  • 科学的判断を示す時(7/7)
  • インフレ急騰下での米金利低下に終止符(7/5)
  • ペントアップ期待とコスト高で景気は(7/2)

2021年7月のバックナンバーを購入する

2021年6月配信分
  • バイデン政権に立ちはだかる米3分断(6/30)
  • 中国経済にドル高の追い打ち(6/28)
  • 東京市場「秋の陣」に備える(6/25)
  • FRBに救われた日銀(6/23)
  • コロナ禍の景気明暗、より顕著に(6/21)
  • 前のめりになったFRBの真意はどこに(6/18)
  • 米中「競争と協力」の限界(6/16)
  • 無視できなくなったコモディティ価格高騰(6/14)
  • 日本再生には政府の信頼回復が急務(6/11)
  • 広がる日米の景気格差(6/9)
  • 自分で決められる当たり前の国へ(6/7)
  • K字型回復の危うさ(6/4)
  • ロンドンG7、日本は針の筵(6/2)

2021年6月のバックナンバーを購入する

2021年5月配信分
  • 非常時宰相には強さが必要(5/31)
  • コロナ禍での物価下落は大きくない(5/28)
  • 米国経済独り勝ちでもドルが下落する(5/26)
  • ビットコイン急落が示唆するもの(5/24)
  • 経済より大事なもの(5/21)
  • コロナ・サイクルを絶て(5/19)
  • 過熱経済が大規模緩和の修正圧力に(5/17)
  • 政治に翻弄される東京五輪(5/14)
  • 2つの「分断」が日本経済の重しに(5/12)
  • 「公助」欠乏不況を回避せよ(5/10)
  • パウエル会見にテーパリングのヒント(5/7)

2021年5月のバックナンバーを購入する

2021年4月配信分
  • 超緩和の副反応を気にする日銀(4/30)
  • 対中国姿勢を問われる菅政権(4/28)
  • コロナ禍長期化が引き起こす債務危機(4/26)
  • コロナのもとで富の集中が加速(4/23)
  • コロナ緊急支援策の見直し機運(4/21)
  • 政治を変えれば日本のコロナ危機も克服できる(4/19)
  • インフレは過去の遺物か(4/16)
  • 高値株価に2つの爆弾(4/14)
  • 日米景気格差はコロナ対応の差(4/12)
  • コロナ長期戦に備えた働き方対応が必要(4/9)
  • 日米首脳会談延期で高まるハードル(4/7)
  • 緊張高まる北朝鮮(4/5)
  • 脱炭素化に見る日本のジレンマ(4/2)

2021年4月のバックナンバーを購入する

2021年3月配信分
  • 国民任せのコロナ対応に限界(3/31)
  • 中国の影響で不安定になった日本株(3/29)
  • トランプより危険なバイデンの敵対外交(3/26)
  • ドル高転換は円安を保証しない(3/24)
  • マルクス先生の予言?(3/22)
  • 国民の静かな反乱に屈した政府(3/19)
  • 株バブルはまだ拡大しやすい(3/17)
  • 武器としての金利上昇(3/15)
  • 迫られる東京五輪の決断(3/12)
  • 長期金利上昇の要因、当局と市場の見方(3/10)
  • 景気ウォッチャー調査が象徴する日本の症状(3/8)
  • ジェンダー・ギャップ以前に考えること(3/5)
  • 中国の期待を裏切った米国の対中強硬論(3/3)
  • 日銀の持続可能緩和策を探る(3/1)

2021年3月のバックナンバーを購入する

2021年2月配信分
  • コロナ禍でこそベアが必要(2/26)
  • コロナ金融危機は時間との勝負(2/24)
  • コロナ危機から債務危機へ(2/22)
  • 長期金利上昇をめぐる当局と市場の戦い(2/19)
  • 株価3万円回復と資産格差(2/17)
  • 全豪オープンにみる東京五輪への示唆(2/15)
  • 自民党「老害」整理が始まる(2/12)
  • バイデンの対中国戦略はより強か(2/10)
  • 米長期金利上昇がもたらすもの(2/8)
  • コロナ対応と経済成果(2/5)
  • コロナで露呈したデジタル分断(2/3)
  • ワクチン、五輪が政権の命取りに(2/1)

2021年2月のバックナンバーを購入する

2021年1月配信分
  • コロナ長期化で見直されるモノ作り(1/29)
  • バイデン株高の正体(1/27)
  • 国民の命を守れない政府に「ノー」(1/25)
  • 国民皆保険制度の見直しは言い間違いではなかった(1/22)
  • 中国8%成長予想に立ちはだかる3つの壁(1/20)
  • バイデン政権で変わる北東アジア情勢(1/18)
  • 菅政権、失敗の本質(1/15)
  • FRBがトランプの呪縛から解放されると(1/13)
  • インフレのステージが変わる(1/8)
  • 新年の日銀金融政策を読む(1/6)
  • 新年の「ブラックスワン」(1/4)

2021年1月のバックナンバーを購入する

2020年12月配信分
  • 景気変動の形を変えてしまったコロナ(12/28)
  • 日本でも広がる「分断」(12/25)
  • 新年の株式市場に2つの金利リスク(12/23)
  • 永田町は「菅後」を見始めた(12/21)
  • 菅政権は円高を止められない(12/18)
  • バイデン政権の親中派は過去の話(12/16)
  • 脱炭素社会、日本の視点(12/14)
  • 輸入低迷に見る日本経済の脆さ(12/11)
  • 医療崩壊は政権崩壊のトリガーにも(12/9)
  • 科学力の軽視は命取り(12/7)
  • スガノミクスの前にやるべきこと(12/4)
  • ドル安の正体は(12/2)

2020年12月のバックナンバーを購入する

2020年11月配信分
  • トランプ台風は去ったのか(11/30)
  • 菅政権の外交に「背骨」が見えない(11/27)
  • コロナ禍で求められる政策対応(11/25)
  • 政府に求められる具体的な感染予防策(11/20)
  • コロナの株バブルにまだ拡大余地(11/18)
  • トランプの法廷闘争戦略に逆風(11/16)
  • 菅政権成長戦略は危険と隣り合わせ(11/13)
  • バイデン勝利が菅政権に示唆するもの(11/11)
  • 感染防止は国民任せでよいのか(11/9)
  • トランプの勝利宣言が新たな混乱の種に(11/6)
  • 長期金利が示すコロナ対応策の差(11/4)
  • 追い詰められた日銀に姿勢変化の兆し(11/2)

2020年11月のバックナンバーを購入する

2020年10月配信分
  • バイデノミクスも悪くない(10/30)
  • 4年前とは異なる大統領選の決着と市場の反応(10/28)
  • 個人の景況感悪化にどう応えるか(10/26)
  • ゼロ金利長期化は無限のバブル醸成(10/23)
  • アフターコロナの見極めが難しい(10/21)
  • 中国の「内憂外患」(10/19)
  • 大統領選挙が米国を分断(10/16)
  • 菅政権の限界(10/14)
  • トランプが実証したマスクの効果(10/12)
  • エネルギー革命が静かに進行(10/9)
  • コロナ禍からの回復、3つの特色(10/7)
  • 鬼の居ぬ間の地政学リスク(10/5)
  • 新型コロナで事実上のMMT(10/2)

2020年10月のバックナンバーを購入する

2020年9月配信分
  • 法廷闘争を目論むトランプ陣営(9/30)
  • 密かにドル安策をとり始めたトランプ政権(9/28)
  • 米の中東和平がかえって緊張高める(9/25)
  • 日銀の物価安定目標は景気の足かせ(9/23)
  • 勢いを失ったトランプの選挙戦(9/18)
  • 広がるW字型景気リスク(9/16)
  • アベノミクス継承政権買いの限界(9/14)
  • 7月の家計消費息切れは何を意味するのか(9/11)
  • 世界貿易は6月底入れだが(9/9)
  • 法人企業統計にみるコロナの明暗(9/7)
  • 中国習近平政権に異変か(9/4)
  • 「アベノミクス」は何だったのか(9/2)

2020年9月のバックナンバーを購入する

【関連】菅政権お前もか。「消費税アップは日本を壊し税収を減らす」不都合な事実=矢口新

【関連】日本の農業をアメリカに売った政府の罪。アグリビジネスが農家の生活と地球を壊す=田中優

【関連】日本人の8割が加入する生命保険はムダだらけ。対策すべきは不慮の事故より長生きリスク=俣野成敏

【関連】「彼氏にしたい職業」上位はぜんぶ地雷、玉の輿に乗りたいなら○○な男を選べ=午堂登紀雄

image by:Tomoharu photography/ Shutterstock.com

マンさんの経済あらかると』(2021年8月16日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

マンさんの経済あらかると

[月額880円(税込) 毎週月・水・金曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。