PayPayひとり勝ちの情勢が10月1日以降で変わってきた。原因は手数料の徴収開始だ。入れ替わるように「楽天ペイ」が手数料無料を打ち出したことで、auPAYやd払いも追従。PayPayだけが不利な有料という状況になっている。PayPay中小加盟店の20%が解約の意向との調査もあり、乗り換え先の半数は楽天ペイとしている。キャッシュレス戦争は「PayPay vs 楽天ペイ」の2強の時代に入った。(『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』岩田昭男)
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消費生活評論家。1952年生まれ。早稲田大学卒業。月刊誌記者などを経て独立。クレジットカード研究歴30年。電子マネー、デビットカード、共通ポイントなどにも詳しい。著書に「Suica一人勝ちの秘密」「信用力格差社会」「O2Oの衝撃」など。
東京・高田馬場を定点観測。キャッシュレスはどう変わった?
東京・高田馬場に事務所を置いて15年ほど経つが、この繁華街でキャッシュレスが急速に進んだのは、ここ5~6年のことである。
セブンイレブン、ファミリーマート、ローソンなど、大手コンビニで最初にキャッシュレス決済が導入され、それから大戸屋(定食チェーン)、しまむら(衣料チェーン)などが続いて、最後は駅前から外れた商店街のラーメン店や居酒屋を始めとする個人商店へと広がっていった。
キャッシュレスというのは現金以外の手段で支払うことをいい、クレジットカード、電子マネー、QRコード決済が主なところである。
そのうち現在最も注目を浴びているのが「QRコード決済」で、スマホがあれば誰でも利用できるので、その手軽さが受けているのだ。その中で最も関心を集めているのがソフトバンク+Yahoo!グループの「PayPay」と、楽天グループの「楽天ペイ」である。
個人商店で人気の高いPayPay
高田馬場の商店街でとくに活躍しているのが、PayPayであった。
個人商店に強いということで、商店街に並ぶ店々ではPayPayが強さを発揮していた。私が取材した独立系ハンバーグ店や理髪店でも、店主はクレジットカードや電子マネーについてはほとんど関心を示さなかったが、2018年年末の「100億円あげちゃうキャンペーン」で名を馳せたPayPayについては身を乗り出して聞いてくれた。
店に来る人たちが「キャッシュレス、キャッシュレス」と騒ぐので、店主たちも乗り遅れまいと特にPayPayには力を入れるのだった。
一方、PayPay側としても加入しやすいように加盟店手数料を3年間無料にするなどして努力を惜しまなかった。そのため導入する店がどんどん増えるのを目のあたりにした。
全国に散らばった営業マンが人海戦術で中小店舗を勧誘
PayPayが個人商店に力を入れる理由は、全国で200万店あるといわれる中小小売店こそが、キャッシュレス運動の中心になるとみるからである。その分野をフォローできるのは自分たちしかないという自負があったからでもある。
そのために巨額のお金をかけてキャンペーンを打ったり、加盟店手数料を無料にしたり、さらには数千人規模の営業マンが全国津々浦々の大小様々な小売店を回って導入を促すといった、泥臭いが一番効果のある人海戦術を取ったのだった(Yahoo! BBの時の戦術を真似たともいわれる)。
それによってこれまでキャッシュレスにまったく縁のなかった様々な業種の中小事業者や個人商店を加盟店として開拓し、キャッシュレス需要の掘り起こしに貢献した。
ちなみにPayPayは、現在、登録ユーザー数は4,000万人、加盟店は328万店といわれる日本一のペイになっている(PayPayプレスリリースより※2021年6月17日時点)。
営業マンの強さを示した例が理髪店の場合だ。初老の店主は、それまで現金一筋で、キャッシュレスには全く縁がなかった。その人がPayPayの営業マンに会って心変わりをした。
「PayPayの営業マンが毎日のように来てくれて、面白い話を聞かせてくれたり、無駄話をしては帰っていく。すぐにすすめられるままに加盟店になった」と理髪店の主人は笑った。これがどぶ板営業のパワーの実態であるが、決め手となったのは、やはり、3年間手数料無料のサービスだったといいえる。タダより安いものはないのだ。
Next: 有料化で勢力図に変化?想定外の「楽天の乱」にPayPayは大慌て
有料化の時代がやってきた
しかし、その手数料無料の期限も今年9月いっぱいで切れた。
一時は延長する意見もあったというが、8月にはPayPayは予定通り有料にすると発表した。新しい手数料は1.6%と1.98%の2つを用意した。
クレジットカードなど一般の手数料の相場が3.25%だから1.6%というのは非常に安いといえる。ここまで下げたのも加盟店に受け入れてもらうためだった。
しかし、1.6%といってもキャンペーンに参加することが条件になっており、これにさらに月額1,500円かかるので、一般の店にするとかなりきついだろう。
前述の理髪店はキャンペーン参加を断り1.98%で行くと言っていたから、多くの店もそれに習うのではないか。そう考えると有料化の前途もなかなか厳しそうである。
それでもPayPayは、「各社の手数料が出揃って新しいスタートが切れれば問題はなくなる」と楽観的にみていた。
楽天ペイが「手数料無料」で攻勢をかける
ところが、そこに伏兵が現れた、QRコード決済で2番手の「楽天ペイ」が、PayPayの前に立ち塞がったのだ。
サービス開始以来手数料を取り続けてきた楽天ペイが、あろうことか10月1日から新規顧客に対して1年間手数料無料のサービスを始めると言い出したのだ。
これは事件であった。PayPayにとってだけでなく「au PAY」「d払い」にとっても驚きの発表であり、大きな負荷となった。
これにはPayPayも困っただろう。手数料ビジネスの軟着陸(QRコード決済事業者が加盟店手数料を一斉に徴収して同じ条件で競争を始めること)の希望が消える危険性が出てきたからだ。
しかし、もうPayPayが「無料」に戻ることはできなかった。手数料無料に舵を切ることは可能だろうが、720億円という赤字が残るわけで「有料化」を回避することはできなかった。
だからといって、ただ放っておけばPayPay離れが進むだけだから、あとは3%のキャッシュバックキャンペーンを打って何とか「PayPay離脱」を食い止めるしかなかった。
PayPayだけ不利な有料に
これを見たau PAY(au)とd払い(ドコモ)はパニックに陥った。
これまで共にPayPayを手本にサービスを進めてきたが、「有料化にこだわるのは危ない」と直感したために方針を転換。1年間の「無料」継続を発表して楽天に続いた。下手に有料化を強行すれば傘下の加盟店の離反が相次ぎ、PayPayの二の舞になることを恐れたのだ。
これでキャリア系4社(PayPay、楽天ペイ、au PAY、d払い)のうち、3社が「1年間無料」となり、PayPayだけ不利な有料となったのだった。
Next: 10月以降の勢力図はどうなる?先が見えない手数料問題
加盟店の20%がPayPay有料化で「解約」を希望
10月を前にした1カ月間、PayPayを中心としたQRコード決済事業4社は、楽天ペイの「1年間手数料無料」宣言をめぐって激しい駆け引きを繰り広げたが、決着を見ることはなかった。
結局「有料組」と「無料組」に分かれてしまい、膠着状態は続いた。
10月以降、この業界はどのような動きを見せていくのであろうか。その未来を考えるために、PayPay導入店に関する「2021年中小個人店経営者からみるQRコード決済調査」という調査報告書が出たので、それを参考に考えてみたい。
調査報告書は、9月末にMMD研究所から出た。PayPay導入店主やそれを積極的に支える500名を中心にアンケート調査をしている。調査は2021年9月17日から9月21日に行われた。いくつかの質問に答えて理由を述べるものだった。
最初の質問は、「有料化になったらPayPayを解約したいですか」という問い。有料化によるPayPay離反率を探ろうとする質問だったが、これに対して21.8%のオーナーがYESと答えた。約2割が有料期間が終わればすぐにでも解約すると答えている。
これを多いとみるか少ないと見るかは微妙である。コロナ禍だったことを考えるともう少し多いと見ていたから、個人的にはちょっと少ない気がした。
辞めたい理由については、1位「PayPayにより手数料がまかなえるほど利益が生まれていないから」(57.8%)という答えが半数以上あり最多。2位は「導入後売り上げが上がっていないから」(23.9%)、3位は「導入したもののあまり使われていないから」(19.3%)と続いた。
※参考:2021年中小個人店経営者からみるQRコード決済調査 – MMD研究所
たくさんコマーシャルを流している割には意外に店舗側が儲からないということがわかった。少額決済が多くなりがちだから、売上額はかなり抑えられるので、儲からないという印象になるのだろう。
10月以降、解約は増える?中小店舗の状況はさまざま
この反応からすると、これから離脱者が増えていく可能性はある。飲食店はほとんどが中小店舗で軒並みコロナの影響を受けて売り上げが激減したので影響は大きかった。
高田馬場駅前の店舗の中には休業の張り紙を出したと思ったらすぐに別の飲食店が居抜きで借り上げるということが多かった。駅前では家賃が高いので維持費がかさみ、すぐに手放さなくてはならない。そうなるともうキャッシュレスやPayPayどころではなくなるのだ。今年の夏はそうした店が数多くあった。
だから、有料化を機会に廃業すると同時にPayPayも辞めるという店も多く出るのではないか。
一方であらゆる中小飲食店が不利だったわけではない。板橋区で居酒屋を出していた友人は、持ち家だったため、地代も家賃もかからなかった。おかげで緊急事態宣言で休業を余儀なくされたが、休業補償が出て1日あたり6万円もらえたので、大儲けしたといっていた。6万円なら緊急事態宣言は1年以上続いたとしてかなりの収入になる。
中小飲食店がすべて不利だったわけでは無いのである。一括りにできないということだ。
Next: 乗り換え先の半数は「楽天ペイ」、勢力図は塗り替わるか?
加盟店の37%がPayPay利用を「継続する」と回答
次の質問は、「有料化後もPayPayを利用しますか」という問い。PayPayを支える鉄壁のファン層がどれくらいいるかを探ろうとする質問。それに対して37.0%のオーナーがYESと答えた。
4割近いオーナーが有料化後もPayPayを利用すると答えている。好感度がかなり高い。高田馬場でインタビューした理髪店の主人もこのグループに入る。ただし、彼はPayPayに入ってから、さらにツテを見つけて一般クレジットカードにも対応したので、キャッシュレスで成功した部類に入る。珍しい例である。
PayPayを続けようという理由は次の通りだ。
1位 「キャッシュレス時代に適応しないといけないと感じるから」(47.6%)。理念的な回答であって、ちょっと無理をしていると感じられる。継続利用は早くから決めているというようで、かなり余裕のあるオーナーではないのか。2位「最も使われているスマホ決済だと思うから」(39.5%)、3位「PayPayを導入しないことによる機会損失を減らしたいから」(25.9%)と続く。
乗り換え先の半数は「楽天ペイ」
最後に辞めたい人に対する質問で、「次に持ちたいQRコード決済は何か」と言う問いには、楽天ペイが50%で第1位。au PAYとd払いはそれぞれ20%だった。
楽天ペイが支持されたのには驚いた。auやドコモのキャリアに向かうのかと思っていたから、新しい発見だった。
楽天ペイが支持された理由としては、多様な業種が集まる楽天経済圏があって、そこでお得を得られることと、還元率が高く使い勝手の良い楽天ポイントを利用できること、それに楽天自身も決済代行業を兼ねているので、クレジットカード決済も楽天ペイと同時に導入できる点にひかれていると思われた。
最初からキャッシュレスの道具がきちんと揃っているので、今後も長く付き合える。出足も軽やかで心強いから、ちょっと覗いてみようという感じなのだろう。
PayPayのひとり人勝ちから、PayPayと楽天ペイの「2強対決」の時代に入った
そういうことを考えると、今回の楽天ペイの突然の無料化宣言は、楽天にとっては大きな利益をもたらすことになりそうだ。
しかし楽天にも弱みはある。PayPayと違い、楽天は中堅から全国規模のチェーン店を対象にしてきたので、個人商店への対応がPayPayには及ばないところがあるのだ。天下取りを目指すならPayPayの営業マンの人間力といったものをもう少し学ぶ必要があるだろう。
いずれにしろ、これまではPayPayひとり勝ちの情勢であったが、これからは「PayPay vs 楽天ペイ」の2強対決の時代となりそうだ。
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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2021年10月19日)
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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