日本では、ウクライナの勝利はほぼ確定という報道がされている。とくにテレビに出演している日本の専門家からは異なる見解が出てこない。ところが、海外専門家の情報を分析すると、ウクライナが勝利したとはとても言えない状況であることが見えてくる。(『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』高島康司)
※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2022年5月20日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
ウクライナ勝利の報道は本当か?
日本を含め、欧米の主要メディアでは、アメリカをはじめとしたNATO諸国からの先端的な兵器の支援があり、ウクライナ軍は確実に勝利しつつあるという情報がほとんどだ。
ウクライナ軍は、ロシア軍が一時確保した東部の都市、ハリキューでロシア軍をロシア国境に追い返し、また首都のキーウでは、ロシア軍が占拠した近郊の村々を奪還した。東部の主要都市、マリウポリでは「アゾフスターリ製鉄所」を占拠していた「アゾフ大隊」の部隊が作戦行動を停止したものの、全体としてはウクライナの勝利はほぼ確定的になっているとしている。
さらにこれを越えて、日本の主要メディアでは、ロシアの敗北は決まっただけではなく、これからウクライナがどこまで領土を奪還できるかどうかが焦点だという報道も目立つようになっている。2014年にロシアが一方的に併合したクリミアや、やはり同じ時期にウクライナからの分離・独立を主張した「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の奪還である。
NATOの最新兵器を手にした非常に士気の高いウクライナ軍であれば、こうした目標の実現は可能だいう。
特に日本のテレビでは異なった見解を持つ専門家の討論番組はほとんどない。ウクライナの勝利を確定した事実として扱い、今後のロシアの動きが焦点になっている。クレムリンのクーデターやプーチンの重病説、また追い詰められたロシアの核兵器の使用可能性についてが話題の中心だ。
海外専門家による分析
しかし、こうした主要メディアの報道内容には大きな疑念を感じてしまう。
例えば「アゾフスターリ製鉄所」に立て籠もっていた「アゾフ大隊」の戦闘停止だが、これは実質的に「アゾフ大隊」がロシア軍に敗北し、投降したことを意味する。この結果、東部の主要都市であるマリウポリをロシア軍が完全に掌握したことになる。
日本や欧米ではこれを「戦闘の節目になる」と報道しているが、これは戦前の日本が「退却」を「転進」、「全滅」を「玉砕」と言い換え、実態を隠蔽しているようなものではないのか?
また、東部のハーキューでは、ウクライナ軍の反撃でロシア軍が後退しており、ドネツクではロシア軍の前進が阻まれているとしているが、ロシア軍はどの程度後退しているのだろうか?もちろん、ロシアが勝利しているとまでは言えないにしても、これらの事実だけで、ウクライナが勝利すると断言できるのだろうか?
日本では、専門家による多様な分析の紹介がなく、大本営発表のような一律の報道だけなので、逆に疑念は大きくなる。
そこで、ウクライナとロシアの知識を持つ、海外の専門家の評価を見ることにした。すると、ウクライナが勝利しているとは、到底言い切れない状況が明らかになった。
参照した専門家は、次の3人である。
<ジャック・ボー>
以前の記事で何度も紹介したが、1人は元スイス参謀本部の大佐、ジャック・ボーだ。ボーはNATOで5年間、ウクライナにおける小型武器の拡散防止を担当した。ソ連崩壊直後には、ロシア軍や情報機関の最高幹部との議論に携わるNATOの担当官として、2014年のウクライナ危機をフォローし、ウクライナ支援プログラムにも参加している。
<スコット・リッター>
次はスコット・リッターだ。元米海兵隊情報将校で、INF条約(中距離核戦力全廃条約)を実施する査察官として旧ソビエトに駐在。湾岸戦争ではシュワルツコフ将軍の幕僚となった。1991年から98年までは国連兵器査察官として勤務した。2003年のイラク侵略戦争では、イラクは大量破壊兵器を保有していないとし、イラクには侵攻すべきではないとして、戦争前から強く警告していた。
<スリア・ジャランティ>
東欧のエネルギー政策の専門家。在ウクライナ・キーウ米国大使館のエネルギー担当部門チーフ(2018~2020年)、米国商務省の国際エネルギー顧問(2020~2021年)など、米国の外交官として10年間勤務した。現在は、米・ウクライナの脱炭素企業「エニー」のマネージング・ディレクターを務めている。
以上の3人である。
日本ではウクライナやロシアと軍事やエネルギーの分野で実務にかかわった経験のある専門家は、ほとんどいない。主要メディアに登場する日本の専門家は、いわば外部から得られる情報を分析しているに過ぎない。
それに対し、今回紹介した3人は、それぞれがウクライナやロシア、またアメリカ軍における実務経験がある。そうした経験から戦況の分析を提供している。
Next: 「ロシアは目的を達成」ジャック・ボーとスコット・リッターの分析
「ロシアは目的を達成」ジャック・ボーとスコット・リッターの分析
最初にポーとリッターの分析を紹介する。
ちなみにジャック・ボーは、5月12日にネットラジオの1時間半に及ぶ長いインタビューに応え、詳細な戦況分析を展開した。またリッターは、5月の初旬に複数のメディアに掲載した記事で分析を提供している。
ニュアンスの違いはあるもの、2人とも基本的に同じこと言っているので、内容をまとめた。以下である。
・2月24日、ロシア軍はベラルーシ国境の北部、ドンバス地方の東部、そしてクリミア半島の南部からウクライナに侵攻したが、その目的はウクライナ全土の掌握ではない。目的はあくまでも、
1. 東部のドネツクとルハンスクの2州の全面的な掌握
2. ウクライナの非ナチ化
3. ウクライナ軍の弱体化
の3つである。
・ロシア軍の北部と南部への侵攻は、ウクライナ軍をこれらの地域に分散させ、ロシアの本来の狙いである東部2州への兵力集中を防ぐためである。
・また、南部オデッサもロシア軍は散発的に攻撃しているが、本気であるようには見えない。クリミアには独自の水源がない。ウクライナのヘルソンから水を供給している。いまヘルソンはロシア軍が掌握した。オデッサへの攻撃は、やはりウクライナ軍がヘルソン奪還のために兵力を集中しないようにさせるのが目的ではないのか?
・ウクライナ軍を分散化させるという目的は、特に首都、キーウの侵攻では際立っていた。キーウの侵攻と占拠は、もともとロシアの目的にはない。ロシア軍はキーウに22大隊、約2,200人で侵攻し、周辺地域を占拠した。これでウクライナ軍はキーウ防衛のため軍を配備せざるを得なくなり、東部への軍の集中はできなくなった。ちなみにロシア軍は、東部に65大隊で侵攻している。
・しかし、ロシア軍のもミスも犯している。2003年の大量破壊兵器があるとしてイラクの攻撃にアメリカは踏み切ったが、これは「CIA」から上がって来る大量破壊兵器をイラクは保有していないという情報の無視が原因だった。
・これと同じようなことがウクライナ侵攻でも起こった。最新兵器を配備しているウクライナ軍の強さの情報を、軍やプーチンが無視した可能性がある。これがロシア軍の前進するスピードが遅く、停滞しているように見える原因だ。
・しかし、時間をかけながらもロシア軍は目的を確実に実現しつつある。まずウクライナの非ナチ化という目標だが、これは実現したと見てよい。ロシア軍は東部の主要都市、マリウポリの占拠にこだわったのは、この都市がネオナチの極右、「アゾフ大隊」の司令部があったからだ。
・マリウポリの占拠で「アゾフ大隊」を「アゾフスターリ製鉄所」に追い込んだ。これで「アゾフ大隊」は実質的に壊滅した。ウクライナにおけるネオナチの影響力は大幅に小さくなるはずだ。
・いまロシア軍は、東部、ルハンスクとドネツクの2州の占拠に全力をあげている。時間をかけながらも占領する領域は拡大し、最終的には目的を達成すると思われる。
・ところでこの戦争は、NATOとウクライナが2019年から仕掛けていたものだ。これは、ゼレンスキー大統領の顧問であるオレクシイ・アレストビッチが、2019年にウクライナのテレビ局が行ったインタビューから明らかだ。ロシアははめられたのだ。
以上のように、ポーとリッターは戦況を分析している。
要するに、計画通りに進んでいるとは必ずしも言えないが、ロシア軍は確実に当初の目的を実現しつつあるということだ。
ということでは、日本や欧米の主要メディアが報じているように、ウクライナの勝利が確定したとまでは言い切れない。
Next: ロシアは「ウクライナをNATOに加盟させる作戦」に嵌められた?
「ウクライナはNATOに加盟」オレクシイ・アレストビッチの発言
ところでジャック・ボーは、オレクシイ・アレストビッチという人物による2019年のインタビューを紹介している。これはほとんど知られていない情報なので、少し詳しく紹介する。
オレクシイ・アレストビッチは、ゼレンスキー大統領の顧問であるにもかかわらず、得たいの知れないなぞの多い人物だとされている。ブロガー、俳優、政治および軍事コラムニストで、ロシアによるウクライナへの侵攻以降、大統領府顧問として戦況報告を毎日行っている。なぜブロガーが戦況報告を大統領にしているのか理由は定かではない。
アレストビッチの名前が有名になったのは、ロシアのウクライナ侵攻を公の場で予測していたからだ。2019年、ゼレンスキーが大統領選挙に勝利する少し前、彼はウクライナの放送局のインタビューで、ロシアの侵攻がどのようなものになるか詳細に説明した。
国境からのロシア軍の侵攻、ドネツクとルハンスクへの侵攻、キエフの包囲、クリミア経由のロシア軍の移動、クリミアに水を供給するためのカホフカ貯水池の奪取。さらに、ベラルーシ領からの攻撃、新たな「人民共和国」の設置、重要インフラへの攻撃、落下傘部隊の活用のような大きな戦争になると述べ、2022年を最も可能性の高い年とした。
そしてこのインタビューでは、この戦争がNATOの長期的な計画の一部であるようなニュアンスを匂わせた。NATOには、紛争地域になっている国は加盟できないという規定がある。そのためウクライナがNATOに加盟するためには、戦争でロシアを敗退させ、紛争がない状態を作るしかない。そのためにはロシアと本格的な戦争が必要だという。
NATO内部からウクライナをモニターしてきたジャック・ボーは、2022年前後にロシア軍の侵攻をいわば予言したアレストビッチの発言を、NATOにはウクライナを加盟させる長期的な計画がある証拠だとしている。インタビューの一部は英語の字幕付きで、以下で見ることができる。興味深い動画だ。
「経済の弱体化がひどい」スリア・ジャランティの戦況分析
ジャック・ボーやスコット・リッターとほとんど矛盾しない戦況分析をしているのが、ウクライナを含めた東欧のエネルギーの専門家であるスリア・ジャランティである。以下に要点をまとめた。
・残念ながら、ゼレンスキー大統領のリーダーシップと国際的な軍事・人道支援は、ウクライナの都市、経済、社会の衝撃的な破壊を防げなかった。
・ロシアが支配するウクライナの領土は、2月24日以前に比べて大幅に増えている。ロシア軍はケルソン、マリウポリの残骸、周辺地域、そして今やルハンスク、ドネツクだけでなくドンバス州全体を掌握している。
・例えば、ルハンスク市はロシア軍侵攻以前は、ウクライナ当局が約60%を支配していたが、現在はロシア軍が80%以上を支配している。また、ザポリジエ州の約70%をロシア軍が支配している。2月以前はクリミアを含めて約7%だったロシアの占領地が、いまでは2倍以上に増えていることになる。こうして見ると、ウクライナは勝っているというより負けているように見える。
・ウクライナ国防省は、士気を維持するために戦闘犠牲者数を公表していないが、専門家は2月24日の侵攻以来、少なくとも2万5000人(最大で死者1万1000人、負傷者1万8000人)の兵士を失ったと見ている。ウクライナの損失は、25万人弱の軍隊の少なくとも10%に相当する。これは3万5,000人以上とされるロシアの犠牲者よりはるかに少ないが、ウクライナにとっては大きな損失だ。
・また経済では、ウクライナは生き延びてはいるものの、それだけである。経済制裁によりロシアのGDPは7%弱の縮小が見込まれるが、ウクライナは45%から50%のGDPの縮小が予想されている。ウクライナ経済の落ち込みはあまりに激しい。
・少なくとも25%の企業が閉鎖されているが、完全に停止した企業は3月の32%から5月には17%に減少している。しかし、マリウポリ、オデッサ、ケルソンなどウクライナの港がロシア海軍の黒海封鎖により、農業用燃料の輸入も、穀物をはじめとするウクライナ産品の輸出もできないでいる。輸出ができないことで、ウクライナの経済は1日1億7,000万ドルの損失を被っている。
・一方、ロシアはウクライナの燃料倉庫、穀物サイロ、農機具倉庫などを狙っており、すでにボロボロになっているサプライチェーンにダメージを与えている。電力部門は、電気料金を支払えるウクライナ国民や企業が少ないため、デフォルトに直面している。
・さらにエネルギーだが、国営のエネルギー大手は、侵攻前からすでに経営状態が悪く、2021年9月にウクライナ政府に46億ドルの救済を要請している。このように国営企業は資金がなく、十分なエネルギーの産出ができる状態ではない。
・また、ウクライナの炭鉱のほとんどは、ロシアの攻勢が続くドンバス地方にある。石炭の産出ができる状況ではない。したがって、2022年から2023年にかけての冬が悲劇的なものになるかもしれない。
以上である。
エネルギーの専門家であるスリア・ジャランティは、特にウクライナ経済の弱さに注目し、欧米からの膨大な支援があっても、いまのウクライナはやっと戦っている状態だ。だから、勝利しているとは到底言えないのではないかということだ。
いま日本では、ウクライナの勝利を喧伝する報道ばかりだ。今回紹介したような海外の専門家の分析があることもぜひ知っておくべきだ。
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「未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ」(2022年5月20日号)より一部抜粋・再構成
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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