マネーボイス メニュー

トヨタは「ウォークマンの失敗」から学ばなかったのか?待望の全固体電池もEVの救世主にはならない理由=辻野晃一郎

トヨタ自動車と出光興産が全固体電池を共同開発するとの報を受け、EVでの出遅れを一気に取り返せると、日本のマスメディアは伝えました。しかし、全固体電池では、自動車産業の遅れは取り戻せない、ウォークマンがiPodに敗北した道を辿ると、ソニーで様々な事業を立ち上げGoogle日本法人社長も勤めた辻野さんは語ります。もはや日本の自動車産業は、そもそもEVを作る実力すらなくなってしまったのです。(『 「グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中」~時代の本質を知る力を身につけよう~ 「グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中」~時代の本質を知る力を身につけよう~ 』辻野晃一郎)

【関連】グーグル日本元社長が語る超速集団の実態。現場で即断、即決、即アクション。指示を待ったらダメ社員確定=辻野晃一郎

※本記事は、『「グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中」~時代の本質を知る力を身につけよう~』 2023年11月3日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会にご購読ください。なお、2023年11月のバックナンバーはこちらから購読できます。

プロフィール:辻野晃一郎(つじの こういちろう)
福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。

滅びゆく日本の自動車産業

本シリーズをスタートしてから、個別の産業セクター編としては、これまで家電産業、半導体産業をみてきました。今号からは、自動車産業について考えてみたいと思います。

私はかねてから、家電産業で起きたことは必ず自動車産業でも起きると発言してきましたが、つい先日、三菱自動車が中国市場から撤退する、というニュースを見て、いよいよ終わりの始まりが可視化されてきたように感じました。今後、日本の自動車産業はどうなっていくのでしょうか。

トヨタの全固体電池では周回遅れを挽回できない

先日、テレビの報道番組を見ていたら、自動車評論家なる人が、トヨタの全固体電池が完成したら、EVでの出遅れを挽回する起死回生のホームランになる可能性がある、と発言しているのを聞いて唖然としました。

この発言を聞いて、私はずいぶん昔に、アップルのiPod/iTunesが出てきたときに、ソニーで長年ウォークマンを担当していた人たちが、「音質を良くすれば勝てる」、「バッテリーを長持ちさせれば勝てる」、果ては、「ウォータープルーフモデルを出せば勝てる」と本気で言っていたのを聞いて、唖然としたことを思い出しました。まるでデジャブのようです。

トヨタは、出光興産と全固体電池の量産化に向けて提携することを発表しており、2027年には量産ラインを稼働させるとアナウンスしています。既にトヨタをはじめとした日本の自動車メーカー各社は、世界のEVシフトの流れに完全に取り残されています。今さらリチウムイオン電池で巻き返すことは難しく、よりエネルギー密度が高く短時間充電も可能な次世代電池に力を入れるのは当然でしょう。しかし今、自動車産業で起きているパラダイムシフトの本質は、そんなことではないのです。

まるで、前述したアップル対抗で、ソニーがバッテリーで対抗することを持ち出した話を彷彿とさせます。もちろん、EVにとって電池は最重要な基幹部品です。しかし、次世代電池を巡っては、既に世界で激しい開発競争が始まっています。仮にそこで勝てたとしても、それだけではEVを制することにはなりません。

Next: ウォークマンの失敗を想起させるトヨタのEV戦略



自動車産業の生態系を丸ごと破壊するテスラ

アップルは、インターネットの時代に合わせて、パーソナルオーディオという市場の生態系を丸ごと作り変えてしまいました。その結果、ソニーはウォークマンで築いた牙城をあっさりと奪われてしまったのです。デバイスの性能を良くすれば勝てるなどという話ではありませんでした。iPodが進化したiPhoneでは、クラウド側に主な基盤や付加価値があり、手元のデバイスはアップルの生態系を構成する一部に過ぎないように、今、テスラが進めていることの本質は、自動車産業の生態系を丸ごと再構築しつつあるということです。

すなわち、彼等は、単に電気自動車を作っているわけではなく、GAFAMと同様にインフラとなる盤石なクラウド基盤を構築し、給油網に代わる電力供給網を張り巡らしています。さらには、専用の最先端半導体をTSMCなどに作らせ、自動運転の為のデータ解析やAI開発などの環境も整えながら、それら全体が織りなす新産業の生態系を生み出そうとしています。

従来の自動車は、それだけで完結したデバイスでしたが、テスラ車は、アップルのiPhoneなどと同じように、テスラが生み出す新たな生態系を構成する一つのパーツという位置付けになります。走行するテスラ車からのありとあらゆるデータや、テスラの給電設備で給電する車からのデータは、すべてテスラのクラウドに集積されて、自動運転の進化やユーザーサービス向上の為にフル活用されます。それらのデータを利用して進化したファームウェアやサービスは、オンラインでテスラ車に再び戻されて車をアップグレードしていきます。

“車屋”トヨタは普通のEVも作れない

従来のガソリン車は、いわゆる「車屋」が作ってきましたが、SDV(Software Defined Vehicle)とも呼ばれるこれからの自動車は、単なる「車屋」ではとても作れないのです。

また、新たな生態系の中の一つのパーツの位置付けになる車体そのものも、従来のガソリン車とEVとではまるで違います。駆動系一つとっても、エンジンの動力を車輪に伝える機構と、モーターの動力を車輪に伝える機構とではまったく異なります。その証拠に、EVなどその気になればいつでも作れると高をくくっていたトヨタが、いざ初めてのEV「bZ4X」を商品化してみたら、走行中に車輪が外れるというトラブルが発生していきなりリコールとなりました。

スマホの登場によって、日本の携帯電話はガラケーと呼ばれるようになり淘汰されてしまいました。また、それまで多くのカテゴリによって成り立っていた家電機器がスマホに統合されて、日本の家電産業(クロモノ家電)は衰退しました。それとまったく同じようなダイナミックな創造的破壊で自動車業界を席巻しているのがテスラなのです。

Next: 自動車産業に起きている創造的破壊



新参者が起こす創造的破壊

テスラを率いるイーロン・マスクは、別に自動車業界の人ではありません。自動車業界から見れば、まったく異端の新参者が突然現れて自動車産業に革命を起こしています。また、グーグルで自動運転の技術を飛躍的に進化させたセバスチャン・スランという人物がいましたが(既にグーグルを辞めています)、彼は、若い時に交通事故で親友を亡くしたことをきっかけに、この世から交通事故を無くすことを誓い、自動運転の実現をライフワークとしてきた人です。

多くの場合、創造的破壊は、身内から起きるのではなく、このような全くの新参者や、まるで次元の異なるモチベーションを持った人たちによって引き起こされるものです。アマゾンのアマゾンGoなども同様でしょう。従来の小売業の内側からは、レジを取り去ってしまうという発想は生まれにくく、実店舗運営の経験がないアマゾンだったからこそ、革新的なデジタル店舗を構築できたのだと思います。

試乗すればわかるテスラ車の衝撃

私がテスラ車に初めて接したのは、もう13年も前の2010年10月、アジア初となるテスラのショールームが南青山にオープンした直後でした。早速ショールームを訪ねて、初期のスポーツカータイプの「ロードスター」に試乗させてもらいました。従来の車とはまったく異なるその時の体験は強烈でしたが、後日、今度はセダンタイプの「モデルS」が出たときに、数日間貸し出してもらって試乗してみました。日本では充電インフラが未整備なので購入はしませんでしたが、これから自動車の世界が大きく変わることを確信するには十分な体験でした。

その時の試乗体験を含めて、テスラやイーロン・マスクについては、以前「週刊文春」の連載で取り上げたことがあります。

今号はここまでにしますが、次号以降、テスラについてさらに深掘りすると共に、BYDなど中国勢の動きについても見ていきたいと思います。また、もし「ジャパンモビリティショー」を見学に行く時間が作れたら、会場の様子についてもレポートしたいと思います。

続きはご購読ください。

なお、2023年11月のバックナンバーはこちらから購読できます。

<すぐ読める! 12月配信済みバックナンバー>

※2023年12月中に定期購読手続きを完了すると、以下の号がすぐに届きます。

2023年12月配信分
  • 日本経済凋落の真因を探る(第22回:最終回): 自動車産業の危機(その5:最終回) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.33】(12/1)

いますぐ購読!


※本記事は、辻野晃一郎氏のメルマガ『「グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中」~時代の本質を知る力を身につけよう~』2023年11月3日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に購読を

<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>

※初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込880円)。

2023年11月配信分
  • 日本経済凋落の真因を探る(第21回): 自動車産業の危機(その4) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.32】(11/24)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第20回): 自動車産業の危機(その3) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.31】(11/17)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第19回): 自動車産業の危機(その2)、ジャパンモビリティショー見学記 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.30】(11/10)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第18回): 自動車産業の危機(その1) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.29】(11/3)

2023年11月のバックナンバーを購入する

2023年10月配信分
  • 日本経済新聞が岸田首相へ苦言 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.28】(10/27)
  • 日本の食料安全保障について 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.27】(10/20)
  • ジャニーズ問題にみる日本社会の幼児性 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.26】(10/13)
  • X(旧Twitter)の新CEOリンダ・ヤッカリーノのその後 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.25】(10/6)

2023年10月のバックナンバーを購入する

2023年9月配信分
  • 日本経済凋落の真因を探る(第13回):半導体産業は何故衰退したか(その4:最終回) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.24】(9/29)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第12回):半導体産業は何故衰退したか(その3) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.23】(9/22)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第11回):半導体産業は何故衰退したか(その2) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.22】(9/15)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第10回):半導体産業は何故衰退したか(その1) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.21】(9/8)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第9回):家電産業で何が起きたか(最終回) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.20】(9/1)

2023年9月のバックナンバーを購入する

2023年8月配信分
  • 日本経済凋落の真因を探る(第8回):家電産業で何が起きたか(その7) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.19】(8/25)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第7回):家電産業で何が起きたか(その6) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.18】(8/18)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第6回):家電産業で何が起きたか(その5) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.17】(8/11)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第5回):家電産業で何が起きたか(その4) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.16】(8/4)

2023年8月のバックナンバーを購入する

2023年7月配信分
  • 日本経済凋落の真因を探る(第4回):家電産業で何が起きたか(その3) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.15】(7/28)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第3回):家電産業で何が起きたか(その2) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.14】(7/21)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第2回):家電産業で何が起きたか(その1) 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.13】(7/14)
  • 【辻野晃一郎×中島聡 特別対談】 日本の技術者を殺す「ノリと雰囲気」とは? Google日本元社長とWindows95の父が語るAI革命と2025年のゲームチェンジ(7/11)
  • 日本経済凋落の真因を探る(第1回):ミスを嫌う管理型人材による守備型の体質 辻野晃一郎のアタマの中【Vol.12】(7/7)

2023年7月のバックナンバーを購入する

【関連】サラリーマンは二度死ぬ。役職定年と定年の収入激減を乗り越える3つの方法とは?=俣野成敏

【関連】30年ぶり賃上げがもたらす最悪の格差社会。恩恵のない弱者と年金生活者は物価上昇で火の車=斎藤満

【関連】なぜ65歳以上の肉体労働者が急増?一億総活躍社会は「死ぬまで働け」という政府の高齢者虐待だ=鈴木傾城

image by:RYO Alexandre / Shutterstock.com

「グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中」~時代の本質を知る力を身につけよう~ 「グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中」~時代の本質を知る力を身につけよう~ 』(2023年11月3日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。