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「OTMオプションの大量売り」ができるプロとできない一般投資家の“差”=田渕直也

相場の世界はプロ・アマ共通の土俵で繰り広げられるもの。本来、投資理論やトレード手法にプロ向け、アマ向けの違いは存在しないはずなのですが、実際には存在しています。(田渕直也

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プロフィール:田渕直也(たぶちなおや)
一橋大学経済学部卒。日本長期信用銀行(現新生銀行)入行。デリバティブの商品開発、ディーリング業務に従事。以後、国内大手運用会社ファンドマネージャー、不動産ファンド運営会社社長、生命保険会社執行役員を経て、現在、株式会社ミリタス・フィナンシャル・コンサルティング代表取締役。『図解でわかるランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて』『確率論的思考』『入門実践金融デリバティブのすべて』(いずれも日本実業出版社)『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』(ダイヤモンド社)『不確実性超入門』(ディスカバー21)など著書多数。

プロと一般投資家のトレードには「本質的な違い」がある

高勝率は必ずしも期待リターン向上に繋がらない

前回のメルマガ(2016年6月5日配信号)でお話ししたマルチンゲールは、本質的には早くに利益を確定し、損失は確定させないというやり方です。

意識して明確にマルチンゲールをやる人は少ないでしょうが、マルチンゲール的な考え方でトレードをやっている人は非常に多いのではないかと思います。

わずかな利益で満足して、早めに利食いをするというのは、パート2の行動ファイナンスでも扱いますが、心理的にとても安心できるやり方なのです。

【関連】トレーダーを惑わせる「2つのランダム」 アルゴ取引は決定論の夢を見るか?=田渕直也

ここで考えたいのは、この早めの利食いが何をもたらすのかということです。ランダムウォークの世界であっても、早めの利食いは勝率を引き上げる効果を持っています。これは、マルチンゲールのときに見たとおりですね。

一応、これは数学的にも簡単に説明できます。株を買ったとして、ランダムウォークを仮定すると、いったん株価が下がった後に上昇に転じるケースも含めれば、一定期間内で株価が一度でもわずかなプラスになる確率は50%よりもかなり高くなります。

ですから、損切りはせずに、わずかにプラスになったところで利益を確定させると、勝率はとても高くなります。そして、満足する利益の幅を小さくすればするほど、その勝率は上がっていきます。

でも、この勝率の上昇が期待リターンの引き上げに繋がらないことは今まで見てきたとおりです。

高勝率の代償は「思わぬほど大きな利益を得る」チャンス

フィードバック(2016年5月15日配信号ほかで詳しく解説)による影響も考えてみましょう。

自己抑制的フィードバックによって相場が反転する確率が半々よりも高いとすれば、早めの利食いによって良い結果がもたらされる確率は高くなります。利食いをしないままに相場が反転して利益を確保し損なう事態を避けられるということですね。ですから感覚的には、早めの利食い戦略はうまくいっていると感じることが多くなります。

次に、自己増幅的フィードバックによって相場変動が一方向に加速される場合を考えると、早めの利食いによって、思わぬほどの大きな利益を得るチャンスは失われます

私は、この自己増幅的フィードバックによる一方向への思わぬ相場変動こそが、トレードにプラスの期待リターンをもたらす大きな源の1つだと考えているので、早めの利食いはそれをみすみす見逃しているように思われるのです。

相場の世界では、期待リターン=ゼロが、いわば基本形です。

そして、相場変動におけるランダムウォークではないわずかな部分に、単なるあてずっぽうよりも少しだけ確度の高い予測が可能な部分が生まれるわけです。

そのわずかなプラスの期待リターンの源泉をみすみす見逃すことは、非常にもったいない話です。

相場が事前に予測しているよりもはるかに大きな動きを見せることは、頻繁にではなくても、たとえば年に何回かは必ずといっていいほどに起きます。そうした“思わぬほどの大きな利益”を狙うのは、何回かに1回しか当たらないものかもしれません。

でも、予想が当たった5回のうち4回の割合で10万円の利益に満足するよりも、5回のうち4回は10万円の利益を確定することに失敗したとしても、残りの一回で50万円以上の利益を上げられれば十分に元は取れるのです。

場合によっては50万円ではなくもっと大きな利益が転がり込むこともあるかもしれません。バタフライ効果がどれだけ大きな結果を生じるかはわからないのですから。

Next: 究極の心得は「大きな損失をなんとしても避けること」



早めの損切は勝率を低めるが――

損失確定についても同様の論理が成り立ちます。

損失を確定させることは、利食いの場合とは逆で、ランダムウォークの世界でも勝率を低める効果を持っています。

ですが、何回かに一回は、自己増幅的フィードバックが自分のポジションと逆方向に回り始めたときに“思わぬほどの大きな損失”を被るリスクを減らしてくれます

私は、トレードをするうえで心得ておかなければならないことを1つだけ挙げよといわれれば、迷わずに「大きな損失をなんとしても避けること」を挙げます。

“思わぬほどの大きな損失”を一度でも受けてしまえば、そこから立ち直るには大変な時間とエネルギーを消費します。それ以上に、投資資金が尽きたり、投資への意欲や再チャレンジの気持ちが失われてしまって、通算成績が大きくマイナスに傾いたときに投資から身を引くという結果にもなりかねません。そうすると、その人の投資人生は負けが確定するわけです。

実際に投資に失敗する人たちは、基本的にそういうパターンをたどることがほとんどだと思います。そういう意味では、「投資で失敗する」というのは、相場を読み違えるというようなことではなく、負けた状態で身を引くことに他ならないのです。

「大きな損失」にまつわる私の経験談

私自身の話をすれば、実は私も大きな損失を出した経験が二度あります(小さな損失なら数えきれないほどにあります。念のため)。

一度目は、銀行のディーラーとして相場を張っていたころのことです。ディーラーは大負けすると、普通は他の部署に異動になって、相場の世界とはそれっきりになるものなのですが、私の場合は、それまで好成績だったこともあって、幸運にも再チャレンジの機会を与えられました。

それに加えて、大負けしたことで相場への意欲や関心を失うことがなく、むしろ一層に意欲と関心を掻き立てられたことが、今に至るまで相場と付き合ってこられたことにつながっています。

ちなみに、失敗からは多くのことを学ぶことが出来ます。私もこのときの経験がきっかけで、

といったことを真剣に考えるようになったのです。

もう一度は、ずっと後に、個人の資産形成でちょっと欲を出しすぎて自分なりのルールを逸脱し、大きな損失を被ったということがありました。そのときは、相場の本質やトレードのやり方について、だいぶ分かったつもりではいたのですが、頭ではわかっていたはずの落とし穴にはまってしまったのです。

この時も、相場への意欲や関心は失われずに済みましたが、投資資金は打撃を受け、その損失を取り戻してより積極的にトレードしていける状態になるまでにはかなり長い時間とエネルギーを消費してしまうことになりました。

こうした大損失が起きる可能性は、無茶さえしなければ、必ずしも高くはありません。だから、早期の損失確定は、感覚的には裏目に出ているように感じられることも多いでしょう。相場が戻った後で、「あのとき損切りなんかしなければよかった」と思うことが頻繁に生じるわけです。

でも、ときには思わぬ相場変動が起きて、“あれよあれよ”という間に損失が膨らんでいく可能性があります。そして、その“あれよあれよ”が取り返しのつかない事態を招きます

それがたまにしか起きないことでも、起きてしまったあとでは取り返しがつかないのです。ですから、いついかなる時にでも、大損失を絶対に避けることを最優先で考えなければなりません

さて、ここまで、期待リターンで考えようということを言ってきたわけですが、期待リターンはあくまで計算上のものです。それを現実の人の行動に当てはめて考えていかないと、それは絵に描いた餅に終わってしまう可能性があります。

たとえ期待リターンがプラスのやり方を見つけても、それは何度も試していかなければ期待リターンは姿を現しません。その途中で、思わぬ大損を被ってトレードをやめてしまえば、そのプラスの期待リターンはその人には結局何の意味も持たなかったことになります。

損失の早期確定は、そうした事態を防ぐためのものです。その裏返しとして、勝率は下がります。その勝率の低下は、受け入れなければいけないものなのです。

Next: 職業ディーラーと一般投資家のトレードには本質的な違いがある



職業ディーラーと一般投資家のトレードには本質的な違いがある

以上の話は、実は一般投資家向けのものです。相場の世界はプロにもアマにも共通の土俵の上で繰り広げられるものですから、投資理論やトレード手法にプロ向けやアマ向けというものは、本来は存在しないはずなのですが、実際には存在するのです。

一般投資家は、短期間で大儲けしてパッとそれを使えればいいというような刹那的な目的でない限り、基本的には長期的な通算損益をいかに高められるかが一番重要な基準ですよね。

これに対して、プロは、評価を受ける一定期間の間にどれだけの利益を上げられるかが一番重要な基準です。そして、時間軸や評価基準が異なれば、トレードのやり方も当然異なってきます。

例えば勝率。

長期の通算損益の最大化を目的にする場合、勝率にはほとんど意味はありません。今まで言ってきたように、勝率の変化によって勝った時の平均利益額や負けた時の平均損失額が変化するからです。

でも、プロにとっては、短期間での勝負ですから、勝率は決して無視できません。負けが込むと評価が下がってしまうわけですね。

また、大きな損失についても同様です。

一般投資家にとって大きな損失は致命的なものになりかねませんが、プロにとっては必ずしもそうではありません。自分のお金ではないからです。

日本の金融機関であれば、トレードで大損を出しても、他の部署に異動になるくらいで、会社をクビになるわけではなく、人生が終わるわけでもありません。

外資系ならばたぶんクビになるでしょうが、外資の世界では「トレードの勝ち負けはある程度、運に左右される」ことが当然のこととして理解されているので、他の会社で大損をした人を採用して再チャレンジさせてくれるところもたくさんあります。

そうすると、うまくいけば利益の10数パーセントをボーナスとしてもらい、損を出したら別の場所で再出発ということが可能になるわけです。個人にとって利益は青天井で、損失は限定的という完全に非対称な関係になるわけですね。

ちなみに、外資系のディーラーやヘッジファンドマネージャーがときにとてつもないリスクを負って大勝負に出るのは、この利益と損失の非対称が大きな要因です。まあ、これがときに相場に大混乱を引き起こす要因ともなりえるのですが。

いずれにしても、プロは、長期的な通算損益というよりも、短期間で利益を上げられる可能性の高いやり方を採用することがその目的に叶うわけです。

Next: なぜプロは「OTMオプションの大量売り」に踏み切れるのか?



プロにとってのトレードと、一般投資家にとってのトレード

一例を示しておくと、ちょっとデリバティブの話になってしまいますが、たとえば「ディープOTMオプションの売り」というような戦略がそれです。

ディープOTM(アウト・オブ・ザ・マネー)オプションの売りとは、たとえば日経平均が17,000円の時に、1ヶ月後の日経平均が15,000円以下になったら、時価と15,000円との差額を支払わないといけないというような取引です。その代わりにプレミアムというものを受け取れるので、1ヶ月後の日経平均が15,000円以下にならなかったら、その分が利益となります。

この取引で損失が出る可能性はほんの数パーセントしかありません。その代わり1回あたりで得られる利益もわずかです。そしてごく稀に巨大な損失が発生する可能性があります。まさにマルチンゲールの洗練されたバージョンですね。

もちろんディーラーの目的は、一定期間における利益の額を膨らませることです。でも、一回当たりの利益率はわずかでも、大手金融機関ならとてつもない規模でやることが出来て、額でもかなりの利益を稼ぐことが可能です。

プロにとっては、こうしたやり方(まだまだたくさんあります)が“賢いやり方”なわけですね。

でも、一般投資家はそうではありません

勝率や短期的な成績は関係ないのです。短期的な成功を重ねても、大損を被って累積利益を吹き飛ばしてしまったら意味がありません。だから、致命的損失を避けながら、期待リターンがプラスのやり方をひたすら続けていくことだけが重要です。

「期待リターン」という用語には専門用語的なイメージがあるかもしれませんが、実はプロにとってよりも、一般投資家にとってこそ重要なものなのです。

でも、人は勝率や短期的な成績にどうしてもこだわってしまいますよね。そうした心理的な葛藤と、トレードの真の目的をどうやって折り合いをつけていくのかが、パート2における重要なテーマとなっていくわけです。


※田渕直也さんのその他の記事は、無料・有料作品を記事単位で読めるサービス『mine(マイン)』で連載されています。興味のある方はぜひこの機会に講読をお願いいたします。

<田渕直也のトレードの科学~マネーボイスで無料公開中の記事>

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