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「ヘリコプターマネー」導入で日本が操縦不能になるシンプルな理由=東条雅彦

2016年に入って、「Googleトレンド」における「ヘリコプターマネー」というキーワードの検索回数が急上昇していることをご存じでしょうか?2016年7月分はまだ集計中ですが、6月を超える勢いで増えています。

また「Googleアドワーズ」では、月間の検索回数もわかります。2016年2月:880回→3月:1,900回→4月:8,100回→5月:9,900回→6月:18,100回と推移しており、7月もおそらく2万回近くの検索回数が予想されます。

今回は、ここにきて大きくクローズアップされている「ヘリコプターマネー」政策とはいったい何なのか?もし導入したら日本はどうなるのか?を分かりやすく解説します。(『ウォーレン・バフェットに学ぶ!1分でわかる株式投資~雪ダルマ式に資産が増える52の教え~』東条雅彦)

一見凄そうでも実は見かけ倒し。これが「無利子永久債」の弱点だ

そもそも「ヘリコプターマネー」とは?

いま話題の「ヘリコプターマネー」について、例えば国語辞典の『大辞泉』では、次のように解説しています。

ヘリコプターマネーとは
あたかもヘリコプターから現金をばらまくように、中央銀行あるいは政府が、対価を取らずに大量の貨幣を市中に供給する政策。米国の経済学者フリードマンが著書「貨幣の悪戯」で用いた寓話に由来。中央銀行による国債の引き受けや政府紙幣の発行などがこれにあたる。

出典:ヘリコプターマネー – デジタル大辞泉

なお、この「ヘリコプターマネー」という言葉は、ウィキペディア(日本語版)にはまだ登録されていません。国内では2016年に入って突如、急浮上してきたキーワードです。

【関連】バーナンキの実験場になる日本 デフレ特効薬「ヘリマネ」の副作用とは?

ヘリコプターマネーとは、「中央銀行による国債の直接引き受け」または「政府紙幣の発行」を意味します。

日本政府が「ヘリコプターマネー」の導入を検討中!?

2016年7月に入って、安倍首相周辺で「ヘリコプターマネーの導入」を検討しているとのニュースと、それを否定するニュースが入り乱れています。

前内閣官房参与の本田悦朗駐スイス大使が最近、首相に「今がヘリマネーに踏み切るチャンスだ」と進言した。

首相は本田氏らの勧めに応じて12日に官邸でバーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長と会談。菅義偉官房長官は記者会見で、ヘリマネーに関して「特段の言及があったとは承知していない」と述べた。一方で、バーナンキ氏が「金融緩和の手段はいろいろ存在する」と指摘したことを明らかにした。

ヘリコプターマネー検討、安倍首相周辺で浮上 日銀資金で財政出動 「今がチャンスだ」と高官ら進言 – 産経ニュース

菅義偉官房長官は13日午前の会見で、日銀が国債を買い切って財政資金を提供する「ヘリコプターマネー」政策を政府が検討している事実はないと述べた。

ヘリコプターマネーを検討している事実はない=菅官房長官 – ロイター

産経新聞とロイターがまったく逆の報道をしています。これには、どちらの報道が正しい、間違っているではなく「日銀の金融緩和が限界に達しつつある」という背景があると私は捉えています。

Next: お金がもらえて借金もチャラ!そんな美味い話が本当にあるのか?



「ヘリコプターマネー」には2種類ある

「ヘリコプターマネー」には様々な手法が存在していますが、大きくは「政府紙幣型」と「日銀債務引き受け型」の2種類に分類されます。

<「政府紙幣型」の例>

日本の5200万世帯それぞれが、日銀によって20万円がチャージされたデビットカードを受け取る。このカードの残高が1年後には消滅することにして、確実に消費させることで、名目GDP500兆円の2%に相当する10兆円の上昇が期待できる。

<「日銀債務引き受け型」の例>

日銀が政府の国債を直接、引き受ける。引き受けた国債を「無利子永久債」として扱うことで、政府は日銀に利子を払ったり、借金を返済する必要がなくなる。

今回、本稿では、後者の「日銀債務引き受け型」について解説していきます。
(※「政府紙幣型」については後日、稿を改めて検証します)

日銀による「買いオペ」と「国債の直接引き受け」の違い

通常、日銀は次のような「買いオペレーション」によって、国債を市場から購入しています。

<STEP1>

政府は国債を発行して、民間の金融機関(銀行・生保等)から資金を得ます。

(1)政府 →(国債発行)→ 市場 →(国債購入)→ 金融機関
(2)政府 ←(代金受け取り)← 市場 ← (代金支払い) ←金融機関

<STEP2>

日銀が市場を通じて国債を購入すると、金融機関の資金が増えます。

(1)金融機関 →(国債売却)→ 市場 →(国債購入)→ 日銀
(2)金融機関 ←(代金受け取り)← 市場 ← (代金支払い) ←日銀

STEP2のように、金融機関の資金を増やすことを目的にした取引を「買いオペレーション」と呼びます。金融機関の手元資金が潤沢になり、企業への貸し出しが増えることが期待されます。「買いオペレーション」は景気刺激策の1つです。

これに対して、「中央銀行による国債の直接引き受け」は次のような取引となります。

<STEP1>

政府が国債を発行して、日銀に直接、渡して、資金を得る。

(1)政府 →(国債発行)→ 日銀
(2)政府 ←(代金受け取り)← 日銀

禁じ手

しかしながら、現在の法律では、基本的にはこのような取引は認められていません(財政法第5条)。

なぜ法律でこの取引を禁止しているかというと、「中央銀行による国債の直接引き受け」が、過去の歴史の中で高インフレを招くトリガーになったためです。

一度、この取引が認められると、政府は簡単に資金を得られてしまいます。通貨の増発が止まらなくなり、悪性のインフレを引き起こすリスクが高まります。

そのため、日本だけではなくほぼ全ての先進国で、この取引は法律で禁止されているのです。

抜け道

ただし財政法第5条には隠れルートとして、国会の承認があれば「実施が可能である」との文言があります。

万一、その国会承認の様子がテレビで中継されれば、さすがに日本国債および日本の通貨「円」は売られることになるでしょう。

日本では、1931年に高橋是清蔵相が「日銀の国債直接引き受け」を実施して、世界恐慌からいち早く日本経済を立て直しました。これは「国債直接引き受け」の成功例として挙げられることが多いのですが、やはりその後は「高インフレ」になっています。

引き受けの3年後、高橋是清はインフレの兆候が高まってきたのを見て、即座に緊縮財政に転じようとしました。しかし出口戦略として軍部の予算を大幅にカットしようとしたところ恨みを買ってしまい、高橋是清は暗殺されてしまったのです(1936年2月26日、二・二六事件)。

Next: 本当に「無利子永久債」で政府の財政問題は解決できるのか?



歴史は繰り返す?「リフレーション」の罠

リフレーションという言葉は最近の言葉のように聞こえますが、実は1930年代にも頻繁に使用されていました。

英エコノミスト(The Economist)誌の「『リフレーション』か破綻か」という記事(1932年2月13号)でこの言葉が初めて登場し、その後、日本でも広く使われるようになりました。まさに歴史は繰り返す!です。

ウィキペディアから、「リフレーション > 昭和恐慌と高橋財政」の要点部分を引用します。

10%のデフレが急速に終息に向かい、国債の日銀引き受けが始まる2ヶ月前から、3%前後のインフレへと急速に変化した。

高橋によって生み出されたマクロ経済政策の枠組みは、リフレーションによる景気回復という本来の目的を逸脱し、第二次世界大戦のための軍事費の調達という色彩を強めていった。

その後日銀の国債引き受けは悪用され、インフレが高進した。

悪用が生じた本質は軍部の専横にある。

二・二六事件(1936年)以後、インフレ率は10%台に上昇し、国民の消費生活は貧しくなった。

出典:リフレーション – Wikipedia

当時(1930年代)の軍国主義の状況と、今(2016年)の状況を単純に比較はできませんが、それでも下記の3点は見逃せない点です。

  1. 日銀の国債引き受けが悪用された
  2. 結果的に日銀の国債引き受けを停止できなかった
  3. 年率10%の高インフレが発生してしまった

本当に「無利子永久債」で政府の財政問題は解決できるのか?

ヘリコプターマネーの「中央銀行による国債の直接引き受け型」を理解する上で欠かせないのは、国債を「無利子永久債」にすることの意味です。

通常の国債と比較して、以下に示します。

<通常の国債>

<無利子永久債>

  • 利子がない
  • 元本を返済する必要がない
  • ん?待て待て。政府にとって「無利子永久債」は「借金」にはあたらないの?と思った方。その通りです。これは借金のように見えて、実は借金ではありません

    しかし逆に言えば、日銀がバランスシートの資産の部に「無利子永久債」を計上しても、その資産価値はゼロなのです。

    これが「無利子永久債」の弱点です。

    Next: 国債の「無利子永久債」化で日銀のバランスシートはどう変化する?



    国債の「無利子永久債」化で日銀のバランスシートはどう変化する?

    「無利子永久債」の弱点を、実際の数字を使って検証していきます。2015年度末の日銀のバランスシートは次のようになっています。
    ※出典:日本銀行(※兆円未満は切り捨て、数字を単純化して転記)

    <現在の日銀のバランスシート>

    (資産の部)405兆円
    ・国債 349兆円
    ・その他 56兆円
    ★資産の部合計:405兆円
    (負債の部)402兆円
    ・預金 282兆円
    ・その他 120兆円
    (純資産の部)3兆円
    ・準備金 3兆円
    ★負債及び純資産の部合計:405兆円

    このように現在は、借方、貸方ともに、405兆円でバランスされており、資産として国債を349兆円計上しています。国債は将来的に政府から元本を返してもらえるはずなので、349兆円の価値があり、会計上も「資産」として計上できるわけです。

    ところが、もし保有国債の約10%に当たる35兆円を「無利子永久債」にした場合、バランスシートは次のように変化します。

    (資産の部)405兆円
    ・国債 314兆円
    ・無利子永久債 35兆円 ←実は資産価値がない!
    ・その他 56兆円

    この35兆円の「無利子永久債」は会計上、価値がないため、0円としなければいけません。すると、最終的には次のようになります。

    (資産の部)370兆円 ←405兆円から35兆円が減少!
    ・国債 314兆円
    ・無利子永久債 0兆円
    ・その他 56兆円

    「資産の部」が405兆円から35兆円減って、370兆円となりました。すると、「純資産の部」に評価損が発生し、3兆円-35兆円=▲32兆円の債務超過に陥ります(※▲はマイナスの意)。

    <20XX年の日銀のバランスシート>

    (資産の部)370兆円
    ・国債 314兆円
    ・無利子永久債 0円
    ・その他 56兆円
    ★資産の部合計:370兆円
    (負債の部)402兆円
    ・預金 282兆円
    ・その他 120兆円
    (純資産の部)▲32兆円
    ・準備金 3兆円
    ・評価損 ▲35兆円
    ★負債及び純資産の部合計:370兆円

    このように、日銀を債務超過に陥れる「無利子永久債」は現実的な手法ではないことが分かります。

    債務超過になれば、政府が出資して日銀を救済しなければいけません。しかし今は政府自体の財政収支が恒常的に赤字(年間40兆円ペース)になっていて、日銀を助ける余力はありません。むしろ、政府は日銀に助けられている立場です。

    財政問題を「裏ワザ」で解決しようとする「俗論」に、惑わされてはいけないのです。

    Next: バーナンキ元FRB議長と黒田日銀総裁の気になる関係とは?



    バーナンキ元FRB議長と黒田日銀総裁の気になる関係とは?

    英語の「Helicopter Money」というキーワードでGoogleトレンドにかけると、面白い発見があります。日本では2016年6月頃から急上昇中のキーワードですが、英語で検索すると、ずっと以前から検索されていることがわかるのです。

    具体的には2013年頃に急上昇しています。さらにGoogleアドワーズで分析すると、「Helicopter Money」は主にアメリカで使用されています。これはどういうことでしょうか?

    アメリカの経済学者ベン・バーナンキ氏は、「ヘリコプターマネー」の政策論者として知られています。

    バーナンキ氏は2006年から2014年までFRBの議長も務めました。「デフレ克服のためには、ヘリコプターからお札をばらまけばよい」という発言が有名で、「ヘリコプター・ベン」「ヘリコプター印刷機」の異名を持ちます。

    このバーナンキ氏は、2003年に「日本の金融政策に関する若干の考察」という表題で講演しました。

    「物価がデフレ前の水準に戻るまで紙幣を刷り続け、さらに日銀が国債を大量に買い上げ、減税財源を引き受けるべきだ」と日本に対して提案しています。この時のバーナンキ氏の提案が10年後の2013年に実を結び、黒田バズーカに繋がっているのです。

    その黒田総裁が2016年7月11日、バーナンキ氏と1時間ほど情報交換をしました。翌12日には、安倍首相もバーナンキ氏と会談しています。今回、「日本政府がヘリコプターマネーを検討している」というニュースが流れてしまうのも無理はありません。

    最後は「ヘリコプターマネー」政策か?

    近年の流れをまとめると以下となります。

    大切なことなので繰り返しますが、2018~2019年には量的金融緩和政策は限界に達します。その時、救世主のように登場するのが「ヘリコプターマネー政策」となるのか?

    もし日銀が国債の直接引き受けを実施すれば、戦後の歴史において、先進国では日本が世界初の事例となります。

    これからの2年はとても重要です。通貨「円」および「日本国債」の価値をどこまで防衛できるかが最大の焦点となるでしょう。

    Next: 今回のまとめ:常識を無視する経済学者たちに惑わされるな



    今回のまとめ

    <1>金融緩和はもう限界!「ヘリコプターマネー」に注目が集まる

    最近になって、Googleで「ヘリコプターマネー」というキーワードが多数、検索されるようになった。ここのところ「日本政府がヘリコプターマネー政策を検討している」との報道が多いのは、現在の日銀の金融緩和政策が限界に達しつつあることの表れである。

    <2>2018年4月には、日銀の異次元緩和は限界に達する

    国債残高1031兆円のうち、日銀が503兆円(市場全体の51%)を保有する見込みとなっている。

    <3>「無利子永久債」を導入すれば、日銀は債務超過におちいる

    ヘリコプターマネーには、大きく分けて「政府紙幣型」と「日銀債務引き受け型」の2種類が存在するが、本稿で検証した「日銀債務引き受け型」では、日銀が債務超過に陥ってしまう。「無利子永久債」を導入したとしても、バランスシート上の損失は免れない。

    ちなみに国語事典『大辞泉』の「ヘリコプターマネー」の項では、「補説」として、以下のように中央銀行の債務超過問題を指摘している。

    [補説]中央銀行は通常、市場に資金を供給する際、対価として民間金融機関が保有する国債や手形などの資産を買い入れる(買いオペレーション)。ヘリコプターマネーの場合、そうした対価を取らずに貨幣を発行するため、中央銀行のバランスシートは債務だけが増え、それに見合う資産は計上されず、債務超過の状態になる。その結果、中央銀行や貨幣に対する信認が損なわれる可能性があるため、平時には行われない。

    リフレーションを加速させようとしている経済学者や評論家は、国語辞典にすら書いている常識をなぜか無視している。

    いまや我が国の財政問題は、「ヘリコプターマネー」政策という俗論に頼らざるを得ないほど、深刻な状況になっていると認識すべきである。

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    ウォーレン・バフェットに学ぶ!1分でわかる株式投資~雪ダルマ式に資産が増える52の教え~』(2016年7月17日号)より抜粋、再構成
    ※太字はMONEY VOICE編集部による

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