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それはジョブズの夢。日本のスイカが「世界共通乗車券」になる日=岩田昭男

故スティーブ・ジョブズがなかなかApple Payを出さなかったのは、金融の既成勢力に取り込まれるのをいさぎよしとしなかったからだろう。だから、もっと自由で手垢のついていない、それでいて決済の絡む交通乗車券分野に出て行く決心をしたのだ――

Apple Pay(アップルペイ)とSuica(スイカ)についての本を、5月13日に発売します。今回はその中からいくつかの内容をご紹介ましょう。Suicaが世界共通の乗車券となり、電子マネーの頂点に立つ未来を、一足早くご鑑賞ください。(『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』岩田昭男)

※本記事は、『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』2017年4月15日号の抜粋・再構成です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:岩田昭男(いわたあきお)
消費生活評論家。1952年生まれ。早稲田大学卒業。月刊誌記者などを経て独立。クレジットカード研究歴30年。電子マネー、デビットカード、共通ポイントなどにも詳しい。著書に「Suica一人勝ちの秘密」「信用力格差社会」「O2Oの衝撃」など。

2020年、Suicaは世界共通の乗車券として電子マネーの頂点に立つ

ガラパゴスと言われた「Suica」の復活

そんなの信じられない。最初に聞いた時には、驚きであった。何といっても、Suicaを動かしているFeliCa(フェリカ)という非接触IC規格は、国際標準も取れなかった国内限定規格であったからだ。そんなものを世界で使おうとしても、誰が許してくれるものか。みなが総スカンを決め込むと思っていた。

しかし時代は変わる。ガラパゴスと言われたSuicaが見事に復活して、交通乗車券では世界のトップに立ちつつある。利用できる地域が東日本地域に限定されていたが、その応答速度の早さが評価されて、全国で利用できるようになり、そして、いよいよアップルの助けもあって、全世界で使えるようになりそうなのだ。

それによって、一時停止していた「Suicaの進化」がこれからまた再スタートする。その第1弾が、2020年の東京オリンピックだ。

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アップルとJR東日本は何を狙っているのか?

30年近くクレジットカード業界をみてきて、ここ1年の変化は凄まじいものがあった。とくにApple Payの日本上陸がささやかれだした昨年夏あたりから急速に雰囲気が変わり、クレジットカード業界では、異文化、異業種との猛烈な激突が起こっている。それに伴い様々な技術革新が行われ、「よりシンプルに」をモットーにした競争が激しくなっている。

執筆中の本書は、このApple PayとSuicaの動きを中心に、アップルとJR東日本が何を狙っているのか、その戦略と試みを様々な角度から探ったものだ。

本書を作るにあたっては、アップルのApple Pay担当の副社長のジェニファー・ヘイニー氏にインタビューしたのをはじめ、JR東日本の関係者複数のカード会社の重役にも聞き取りをした。

さらに、Suica誕生の秘話などは、17年も前の出来事であり、詳しい話を知る人も少なくなっているので、2007年に私が執筆した『Suica一人勝ちの秘密』を参考に、当時の状況と実験の様子を再現した。

また、2015年には、ビューカードの戦略を描いた『挑戦と逆転の切り札』を上梓している。その中で、JR東日本のカードや電子マネー戦略を分析・紹介したが、今回はそちらも執筆に役立てた。

Apple Pay上陸後に、日本のクレジットカード業界が大きく変容しつつあるので、それも同時に走りながらルポして、状況をとらえることに努めた。私のブログ『上級カード道場』でもApple Pay絡みのたくさんの記事を書いたし、Suicaについても様々に語っている。

また、プレジデント誌や他の雑誌に出た記事を手を入れて引用したところもある。その意味では、いま一番新しい、生のApple Pay情報を集めた役に立つ入門書(新書)になったと自負している。

それにしても、争いは凄まじい。次々と姿を変えるSuicaとApple Payは、正解のない世界で、どう優位を保つかに苦心している。そして、ライバルも多い。そうした中で、業界の盟主の座をめぐって決済三国志のような乱戦が起きている。いままさに歴史が作られようとしており、その実感をひしひしと感じる。どうぞ、この本を読んでApple PayとSuicaの可能性を存分に味わってほしい。さあ、アップル劇場の幕があがる。

Next: ジョブズはなぜSuicaを選んだのか?その夢はあと3年で結実する



Suicaは「世界共通の交通乗車券」になる

書籍の第6章ぐらいから金融決済の話が中心になり、「盟主交代でVISAが打撃を受ける」などいろいろと書くことになったが、やはりこの本の中心テーマは、Suicaとアップルが世界共通の交通乗車券になるということだ。なので、そちらの方に話を振りたい。その方が断然面白いし、関心は高い。

金融決済分野の盟主争いについては、いずれアップルが優位に立ち、仕切るようになるだろうから心配は要らない。もうアップルの関係者は、そんなことはどうでも良いと思っているに違いない。

保守的な金融業界を好まなかったジョブズによる改革

スティーブ・ジョブズがなかなかApple Payを出さなかったのも、金融の既成勢力に取り込まれるのをいさぎよしとしなかったからだろう。だから、もっと自由で手垢のついていない、それでいて決済の絡む、交通乗車券分野に出て行く決心をしたのだ。

それでは、実際にアップルがどんなことを考えているのかについて考えたい。

まず前提として、Suicaの進化を助けることに力を注ぐだろう。具体的にはSuicaが国境越えて羽ばたけるように、すべてのiPhoneにFeliCaを搭載し、世界共通の規格にすることを目指すはずだ。またそれによってアップルのキラーコンテンツ、標準装備の電子マネーがSuicaであることを世界に広く告知する。

いずれは世界のどの公共交通機関でも、Suica1枚でタッチすればすべて乗れるといった環境を作りたいと思っている。そこにパスポートを始め旅行に必要な情報を全て詰め込んでおけば、iPhoneを持っていれば国境をスムーズに通過できて、旅は楽しくなる。さらに、紛失や盗難の保証にも対応している。経路地図が様々な情報を与えてくれる。ボイスガイダンスは移動中でも的確なアドバイスをしてくれる。

日本で成功した駅ナカ・街ナカ戦略をそのまま世界展開

Suica対応国の旅行では、お金の心配は一切しなくても済むようになるだろう。

その結果、Suica対応国はどんどん増える。日本の新幹線の輸出を受けた国では、次々にSuicaの導入を受けるだろう。そして駅は駅ナカ戦略で整備、それから街に出て行って加盟店を増やすといった段取りで進むだろう。日本で起きたことがそのまま繰り返される

これによって毎日の暮らしが変わるだけでなく、旅の仕方も変わってくるだろう。その新しいiPhoneにJR東日本が専門的なアドバイスをして、二人三脚で広めていくことになる。そんなイメージを私は持っているのだ。

実際にFeliCaがiPhoneの標準装備になると、その時には世界中のiPhoneユーザが自由にSuicaを生成して、今のところは日本だけだが(将来は全てのSuica対応国が対象)、日本に来て電車に乗れるし買い物もできるようになる。新しいタイプの電子マネーとして確固たる地位を確立するはずだ。また、空港で日本円をチャージして国内の観光地まで行って、街ではSuicaで買い物もできるのだ。

2020年に向けて克服すべき障害

しかし、世界のiPhoneでSuicaが自由に使えるようになるまでには、まだまだいくつかの克服すべき障害がある。

1つ目は、世界でこれから発売されるiPhoneのすべてに、本当に搭載されるのかということだ。一律に搭載されるなら問題はないが、限られた上級機種だけに載るとなると、そのインパクトは減衰する。

2つ目に、Suicaの扱いの問題もある。日本では、使いはじめにアプリ内でSuicaを生成する方法を取っている。これを、プリインストールで最初からすぐに使えるようにしておく方法はないものだろうか。

また、現在のiPhone7にはすでにFeliCaと同時にTypeA/Bも同梱されていると聞く。両方を活性化させれば効果的と思うのだが、周波数が異なっているので、同時にアクティブにはできないという人もある。真偽のほどは定かではないが、この辺の技術的な問題は一刻も早く解決して、利用者が使いやすいようにしてほしい。

ただ、アップルとJR東日本がバックについていることだから、早晩、こうした点は解決されることだろうと期待している。

Next: 2020年、東京オリンピック直前の成田空港で見られる光景とは?



2020年の想像図。東京五輪直前の成田空港はこれが当たり前になる

※以下のシミュレーションは筆者の想像によるものです

オリンピックまで1週間という時、成田空港は大混雑していた。世界中から人々がどっと押し寄せてきたからだ。ルーマニア人の家族連れもその中にいた。夫婦と子供(女子中学生)1人の3人家族だった。子供の夏休みを利用して2週間の予定の日本の旅であった。オリンピックを1週間ほど見て、残りは京都・大阪を回ってみようというプランであったが、詳しいことは何も決めていない。

最初に困ったのが両替だった。そこで到着ロビーに入るとすぐに一家は総合案内所に立ち寄った。そこには女性のガイドが1人いた。大きなボストンバッグを押しながら父親が早口で聞いた。ルーマニア語なのでなかなかわからない。「両替所はどこか」と聞くのだが、ガイドの女性は困った顔をした。

<「日本にいらっしゃるかぎり、お金に困る事はありません」>

ガイドの女性は「ちょっと待って」と言葉を遮り、机の上にあるタブレットのスイッチを入れた。翻訳のできる機械をオンにしたのだ。「これで大丈夫ですね」と流暢なルーマニア語が流れた。

「これは便利だ」とお父さんは驚いていった。その言葉がそのまま日本語変換されて流れる。「どうされました」とガイドが聞いた。「両替したいんだ、どこにある」。早口のルーマニア語だが、それが完璧な日本語になって流れてくる。

「ちょっと待ってください。両替所はすぐ裏です。それより得する情報があります。あなたはスマホを持っていますよね」「私は両替をしたいだけだよ」父親はいらついて言った。「わかってます。それはすぐにできます。その前にちょっと説明をさせてくださいね」。

「スマホなら女房も俺も持ってるし、娘も持ってるぞ」と言って、父親は3台のスマホをテーブルの上に置いた。「はい、ありがとうございます。皆さんiPhoneですね。それなら安心ですよ。電車に乗るのも買い物するのもそれ1つでできますから、日本にいらっしゃるかぎり、お金に困る事はありません」「ほんとですか」。それを聞いて3人は明るい顔になった。

「で、どうするんだ。どうやればいいんだ」「はい、Suicaはプリインストールされていますから、あとは2000円分チャージするだけです」「そのやり方は?」「簡単ですよ。ここをクリックすればいいんです」政府のサイトに移って、そこにあるURLをクリックするだけだ。

「こうですか」スマホに詳しい中学生の女の子が父親に代わって操作した。「そう」「わっ、ほんとだパパ、お金が入ってきたよ」画面のメーター値が次第に大きくなる。「どれどれ。2000円が入るところか。あっという間だ。私もやってみよう」父親も身を乗り出して、iPhoneを覗き込むとクリックした。

<日本政府もSuicaの普及を後押し>

日本政府が1人2000円分のボーナスを出してくれるんですよ。それを使って東京オリンピックの会場まで行くことができます」。「タダで行けるのは嬉しいね」「皆さん、そうおっしゃいますよ」「ありがとう」「どういたしまして。それではチャージの仕方とか利用できるお店の紹介のパンフレットもありますので、こちらも一緒にお持ちください」。そう言って、案内の女性はルーマニア人を送り出した。

家族は大喜びだった。早速、父親は、オリンピック会場の選定をはじめた。地図を広げて見入っていると、子供が「寿司が食べたい」と言いだした。それに対して、インテリ風の母親は「歌舞伎が見たかったんだから、今からいきましょう」と言いだした。それを聞いた父親は「やっぱりラーメンだな。一度食べてみたいと思っているんだ」と皆が別々の希望を語りだした。

Suicaのおかげで、日本旅行はもう何も心配する必要のない気楽な旅になりそうだった。というのも、Apple Payが入ったiPhoneを持ってさえいれば、それだけで買い物もできるし、電車に乗ることができる。それに、クレジットカードでチャージ設定しておけば、オートチャージでお金に困ることはない。両替で高い手数料を取られることがなくなると考えるだけでも、精神衛生上よかった。つくづく日本は安全な国で気持ちのよい国だと、一変に好きになった。

Next: SuicaとApple Payで「日本の好感度」はさらにアップする



SuicaとApple Payで「日本の好感度」はさらにアップする

※以下のシミュレーションは筆者の想像によるものです

iPhoneにSuicaが搭載されて、旅はグンとしやすくなった。タッチするだけで買い物ができるし、電車に乗れる。バスもフェリーにも乗れる。日本国内を旅行するには、これがあれば絶対安心だ。心強いパートナーになってくれそうだった。

その便利さが世界に広まり、「東京オリンピックを観に行くなら、プリインストールされたSuicaにチャージして使えばいいんだ」という人が増えてきた。それから日本に着いたら政府からボーナスをもらってタダで日本観光ができるというので、iPhoneとSuicaを活用するのが賢い旅行の仕方だと言われだした。

それでiPhoneの売り上げがオリンピック特需でグンと伸びたという。アップルとしては読みが当たったわけで、日本との関係を強化してタッグを組んでやってきた甲斐があったと大喜びしている。

一方のJR東日本は、Suicaが再評価されただけでなく、新しい決済ツールを兼ねた交通乗車券として世界に広がるという、思わぬ恩恵もあって意を強くしている。

「これだからIT事業は希望があるんだと、改めて自信になりました。これで私たちは日本だけでなく、もっと広い世界の人を相手にして商売ができるようになった。いろいろなサービスを提供できるのでワクワクしています」とJR東日本関係者の意気も大いにあがっている。

ガラパゴスと言われて蔑まれたSuicaが、いまや世界を席巻し、乗車券、電子マネーとして世界の人々に愛され始めている。やっとこれまでの努力が報われようとしている――
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※本記事は、『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』2017年4月15日号の抜粋・再構成です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』(2017年4月15日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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世の中すっかりカード社会になりましたが、知っているようで知らないのがクレジットカードの世界。とくにゴールドカードやプラチナカードなどの情報はベールに包まれたままですから、なかなかリーチできません。また、最近は電子マネーや共通ポイントも勢いがあり、それらが複雑に絡み合いますから、こちらの知識も必要になってきました。私は30年にわたってクレジットカードの動向をウォッチしてきました。その体験と知識を総動員して、このメルマガで読者の疑問、質問に答えていこうと思います。ポイントの三重取り、プラチナカード入会の近道、いま一番旬のカードを教えて、などカードに関する疑問にできるだけお答えします。

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